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2007-03-13ユンボリック症候群

妄想探偵vs捏造探偵 ~前編~

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「貴女、だったのですね」

探偵は厳かに、そして哀しげに、犯人――彼女に話しかける。

「許せなかったのでしょう? 彼の事を。だから殺した」

こくりと肯く彼女は、もはや項垂れて、ただ探偵の話に耳を傾けている。探偵と一緒にいた少年彼女の側に近づき、彼女の肩にやんわりと手を置いた。



「彼の喋り方には独特の癖がありました。私の記憶が確かならば、それは、日本でもあまり知られていない南のある島のものだ。地元人間は畏敬と羨望を込めて”神の島”と呼んでましたか。そして、貴女にも僅かながら、同じ訛りがありますね。おそらく貴女と彼は同じ島で生まれ育った。人口の少ない島で、兄妹同然にね」

彼女は驚いて顔を上げる。探偵彼女笑顔を向け、やんわりと彼女が何か言うのを制した。


「貴女が、一度だけ、興奮して、彼の事をお兄ちゃんと呼んだことがありましたね。それを覚えていたんです。貴女のお兄ちゃんは、貴女より先に島を出た。島の外で、いつか会おう。そう約束して。しかし、再会した二人はかつての兄妹ではなかった。街の生活に馴染めず、仕事もうまく行かない彼は、やがて闇に堕ちた。貴女は、そんな彼を見ているのが辛かった。”神の島”には、”神人”という風俗があります。神に愛された人という意味で、言わば島の導き手として期待される若者にに贈られる称号です。この称号は、島では未だ実質的な効力を持っています。彼の腕には鳥の形の刺青がありました。これは神人に付けられるものです。彼は、”神人”だった。だから、貴女は、”神の島”の人間として、彼を裁いたのですね。”神の島の人間”という貴女と、”彼の妹”としての貴女、二人の貴女は激しくぶつかり合い、貴女を突き動かし、この哀しい事件が起こってしまったと考えます。でもね、詩織さん。彼は死の間際まで貴女の事を想っていたのですよ。警察が最後までわからなかった彼のダイイング・メッセージは、貴女を守る神の呪いだったのですから」


黙って聞いていた彼女は、おずおずと探偵に話しかけた。

「あの……私も彼も大阪生まれですし、私は彼が浮気してたんでカッとなって殺しちゃって……あと私の名前、信子なんですけど」

探偵は手の平を彼女に向け、にこやかに笑った。

「お気になさらず、全部妄想ですから」

そして、探偵彼女の知らない彼女過去に関する演説を再開し、どうしていいかわからない信子は、傍らの少年に助けを求めた。少年キラキラと目を輝かせ探偵を見ている。

「あの人は一体……」

「いつものことですから大丈夫です。絶好調時の先生は、事件そのものを妄想した事があります」

「なんか怖い……」


信子がいろいろ後悔し始めたそのとき、ドアが乱暴に開き、探偵の演説は中断された。

「相変わらずだな、想蔵」

同時に響いた野太く低い声に、探偵の顔が初めて曇った。

黒いスーツの屈強な男達を従えて、その男は部屋に入ってきた。そして、探偵の前に立つ。

「いや、今は亡女相心と名乗ってるんだったかな」

「捏蔵さん……」

睨みあう様に、探偵と男は対峙した。


「あれは、まさか膳部捏蔵……!?」

少年が驚きの声をあげた。

「誰ですか」信子が少年に聞く。

「膳部捏蔵。またの名を捏造探偵。事件解決率100%の探偵です。しかも手がける事件は迷宮入り一歩手前の難事件ばかり。でも」

少年は苦々しい顔で言葉をきった。

「でも?」

捏造探偵の通り名の通り、彼の捏造推理は、彼の推理のままに真相を捏造するという反則ギリギリの残虐推理……。『真実は常に俺が創る』と公言して憚らない彼は、探偵界でも異端児として恐れられています」

「ギリギリというかアウトでしょ、それ。いいの?」

「まさか、先生と知り合いだとは……」

ゴクリと唾を飲み込む少年。それから二人は黙って、対峙する二人の探偵を見守る。

晴れていたはずの空が、にわかに曇り始めた。