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2007-03-19犯人はこの中で死ぬ

妄想探偵vs捏造探偵 ~後編~

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今や、捏造探偵を含む全員が、妄想探偵を見ている。探偵は臆することなく、柔らかな声で、信子に語りかける。

「詩織さん」

「の、信子です」

「いいえ。詩織さんでいいのです。詩織でも玲子でも亜里抄でも由香里でも何でも良い。そんな小さなものに貴女は縛られる必要はないのです。ですが!」

静かな妄想探偵の迫力に、全員が気圧される。捏造探偵ですら、苦々しい顔つきのまま、口を挟まない。妄想探偵リズムが、激しい雨音のそれに近づいていく。


「貴女は捨ててはならない。貴女が彼を殺してしまうほどの感情を彼に対して持っていたというその事実を、決して捨ててはならない。そこには貴女も気付いていないドラマがあったはずなんです。少なくとも、あなたの脳内では百億回以上の彼とのドラマが日常的にシュミレートされていたはずだ。平行世界は、この世界の外にあるのではなくて、我々の頭の中にある。そこにおいて貴女の未来過去現在も自由であり平等なのです。ですから、貴女は彼との思い出をなかったことにしてはならない。何故なら、そこから世界は生まれるからです。彼と暮らした日々を思い出したくない過去にしてはならない。そこからは妄想は生まれないのです」

そして、探偵推理は怒涛のリズムと熱を帯びてゆく。

「島から出てきた貴女は、彼のアパートにたどり着く。都会の喧騒と汚らしさと、そこから出てきた暗い目をした男が、貴女の笑顔を曇らせる。だが、しかし。貴女を見た彼の表情は、汚泥の中に光を見たように、恋い焦がれる少年のように、輝いていたのではなかったでしょうか。哀れにも助けを求めるように貴女には見えたのではなかったでしょうか。だから、貴女は決意した。彼を救うと。彼もその時確かに見たのです。二人で生きる明るい未来を」

信子は震える声で反論しようとした。

「だから、私は……」

「だから、私は決意した。この人と共に生きていくと。……思えば、始まりはいつだったでしょうか。島の長であり、理解のあった祖父母と、優しい両親に育てられ、明るく幸せに育った貴女と、それとは逆に早くに家族を亡くし天涯孤独の身で生きる事になった彼、強さと優しさと、二人がいれば生きていけると誓ったあの日と、再び都会の街で貴女と彼が再会した日、運命は貴女の前に二度同じ状況で出現した。金がなかろうと、人が冷たかろうと、街が貴女達を拒絶しようと、あの頃の貴方達は未来を持っていたのです」

「ちが……う、お金は、くすねてきたし、毎日、適当に遊んで、喧嘩して」

「二人で?」

「……二人で」

「二人で逃げた。二人で暮らした。二人で遊んだ。二人で喧嘩した。二人で食べた。二人で眠った。二人で夢みた。二人で。点と点を真っ直ぐに結べば一本の線になります。ですが、グニャグニャと曲がった線ならば無数に描けます。貴女達は既に無限を手に入れている!」

「わからない……全然」

もはや、少年にすら、師である探偵の言っている事が理解できない。ただ、雨音よりも強く激しいリズムで、探偵は信子を覆いつくそうとしていた。

そして、信子は、

「私は……誰」

混乱していた。一種の呪術的なトランス状態を引き起こし、信子の中で何かが瓦解し、再度構築される。そして。

雨がふいに止んだ。奇跡のように窓から光がさした。信子は顔をあげて光を浴びる。

「貴女は……」

さらに言葉を連ねようとした探偵を手で制止し、はっきりした声で信子は言った。

「私は詩織……神の島で育ち、人の島で、愛する人を殺した女」

少年はその声を聞いて震える。その声は、それまでに聞いた信子の声ではなかった。

Q.E.D.」――おめでとう詩織さん、探偵は信子=詩織に軽く会釈した。


「おめでとうございます。信……詩織さん」

少年は、詩織を祝福する。詩織の顔は、見違えるほど明るい。

少年君。ありがとう。私、ふっきれちゃった気がする。残りの人生は、自分の罪を償うために生きるわ」

「……辛いですよ」

少年の問いかけに、詩織は力強く肯いた。

「大丈夫、私の胸の中には、あの人がくれた真実があるから」

詩織は、とても晴れやかな、それでいてどんよりとした眼で笑った。少年は、それを見て肯く。やはり、先生は間違っちゃいない。

「化粧は重ねても、罪を重ねるような事はしないでくださいね」

「どうしよう。今重ねそうだわ」

詩織はそう言って笑った。少年は少し、詩織から距離をとった。


「それで救ったつもりか」

低く重い声が部屋の空気を割った。それまで黙っていた捏造探偵は大きく舌打ちし、妄想探偵を睨みつけた。

妄想探偵は、勝ち誇る事も無く、哀しい目をして捏造探偵を見た。

「想いが人を動かし、生かす事もあるのです。兄さん、貴方だって、あのとき、彼女の最期を見て、それがわかったはずだ」

「あれは、もう『なかった』ことだ。」

「それは誰の為の真実ですか」

捏造探偵は、妄想探偵に背を向ける。

「兄さん!」

妄想は程々にな、想蔵」

捏造探偵は、それ以上妄想探偵に喋らせなかった。

「今回は引き下がろう。だが、貴様の作り出した妄想などでは世間は偽れん……特別だ。その女の経歴は俺が創っとく」

それだけ言って、捏造探偵黒服の男たちを引き連れ、部屋を出て行く。

残された妄想探偵は、彼の出て行ったドアをいつまでも眺めていた。

詩織が立ち上がり、窓を開けた。明るい陽射しと共に冷たい空気が部屋に入り込んだ。




エピローグ


痴情のもつれによる殺人は、妄想探偵の筋書き通りに捏造され、本当にあった愛の話として、書籍化映画化が決まっている。少年が持ってきたそのニュースを聞いても、妄想探偵は興味を示さずに、窓の外をずっと眺めていた。少年はそれが少し不安であった。

「しかし、負けた相手の為にここまでやるなんて、一応筋が通った人なのでしょうか。いわばボランティアでしょう?」

妄想探偵は、少しだけ少年を見ると落ち着いた口調で言った。

「いや、あの人は負けてません。報酬はもらっているでしょう。どうやら捏造さんのクライアントは、詩織さん自身には興味がなかったようです。ただ、自分の名前が出る事を嫌っただけでしょう。縁が切れるのなら、そちらの方が都合が良かったのでしょうね」

そして妄想探偵の視線は再び空に向かう。


少年は思う。過去、彼と捏造探偵との間に何があったのか。妄想探偵が名乗る奇妙な名前。亡女相心。亡き女に相対する心? それとも、相容れぬ心?

少年にはわからない。なぜ二人の良く似た男が決定的に道を違えてしまったのか。少年にはまだ、わからない。

でも、と少年は思う。多分、やっぱり、もしかして、全部妄想なんだろうなあ、と。

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