だって、思いついたから このページをアンテナに追加 RSSフィード

2007-05-04後ろ、振り向かば、君

第三部 エピローグとプロローグ

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エピローグのプロローグ


空気を読む魔術師』こと佐渡島シャッター修学旅行長野を訪れていた。その日は良く晴れていて、山の上に残る雪が良く見えた。佐渡島は、幼馴染で自称許嫁の来栖川蟻砂を伴い、山を歩いている。自由時間はとっくに終わっていた。まだ雪が残る長野の山奥で、二人は遭難していた。

「シャっちゃん」

「何だ」

「私たち、もしかして」

二人は黙々と歩き続ける。既に3時間が経過している。

「休もう」佐渡島の提案に、来栖川は無言で応じ、二人は大きな針葉樹の根元に腰を降ろした。

「あれだね」

「何だ」

「遭難したね。私たち」

佐渡島は天を仰いだ。そこには真っ青な空が広がっている。




エピローグ


夢を見ていた。額に米と書かれた少女青春。生まれながらに空気を視る少年の懊悩。生まれながらに業を背負い、そして業を背負い続ける。

心地よい痛みの中で佐渡島シャッター現実に還る。

目を開けると、蟻砂の心配そうな顔が目の前ににあった。蟻砂はほっとして、寄せていた身体を元に戻す。佐渡島は、少し残念なような気がして、そんな自分がおかしくて、口の端をあげる。空腹が正常な思考を阻害している。いまこそ冷静で正常な思考が必要だというのに。

蟻砂が口を開いた。

「米を研ぐように、メガネを拭くように、私は憎しみを育てていったの。その憎しみを開放してくれたのがマーサおばさんで、その無意味さに気付かせてくれたのが、シャっちゃん。私、この二人は死んでも守るの」

真顔でそんな事を言う、この電波な許嫁に、佐渡島シャッターは心から安堵する。安堵してしまう。やはり空腹と疲れが思考をおかしくしている、それならば、と佐渡島は口を開いた。

「俺を救ったのも、お前だよ」

よいしょと声を出して、佐渡島は立ち上がった。蟻砂はそんな佐渡島をただ眺めている。

佐渡島は、足を広げ、膝に手を付いて、腰を低くした。

「これは最後の最後、出来るなら使いたくなかった最後の手段。いいか、蟻砂。準備は、いいか?」

ただならぬ佐渡島の様子に、蟻砂はこくりと肯きながら、マーサ流防御の要「ヒップホップの罠」の型をとる。だが、やがてその型が意味のない事を知る。

「耳を塞げよ。行くぞ」

佐渡島は、すぅーっと息を吸い込みながら、背を可能な限り反らしていく。そして、その反り返った弓のような身体を、一気にバネのように弾いた。

同時に、最大声量で、叫ぶ。

「決意いいいいいいいいいいいいいいいィィィィィィィィ!!!!!!!!!!!!!!!」

連続して二回目。

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお俺は――――」

そこで佐渡島の声量は、人間の耳のキャパシティを越える。

咄嗟に耳を塞いだ蟻砂だが、全く意味を成さなかった。鼓膜が破れなかったのは、マーサおばさんの修行の成果だろう。

佐渡島発声が終わったあと、蟻砂は脳髄を揺さぶられ、とめどない吐き気に、耐え切れず嘔吐する。鼻水と吐瀉物と涙の中で、来栖川蟻砂は、笑った。心から、笑った。聞こえなかったけど、聞こえた。わけが解らない。

蟻砂は這いながら、同じく吐き気頭痛に倒れ込む佐渡島シャッター身体を抱きしめる。

佐渡島は蟻砂を見て笑った。

「へへ……来たぞ」

「え?」

佐渡島は、蟻砂を抱いて、よろよろと立ち上がる。

地面が揺れていた。山が震えていた。

蟻砂の全身が粟立った。山頂から、地鳴りと共に、山の神の怒りが、雪崩押し寄せてきていた。目前に迫る自然の脅威に、蟻砂は言葉を失った。だが恐れはなかった。自然笑顔が浮かぶ。今、死ぬのは悪くない。

「飛べッ!」

だが佐渡島の叫び声と共に、蟻砂は、反射的に、地面を蹴った。

二人のいた空間を雪が暴力的に侵していく。

そして、二人は、山の神の背中に着地する。

「だめ! 巻き込まれる!」

佐渡島は、枯れた喉を押さえながらも、なお叫んだ。

「俺の通り名を忘れたか! 『空気を読む魔術師佐渡島シャッターが読めるのは場の雰囲気だけじゃないぜ! 雪崩空気を、俺達を巻き込まない場所を読む! 俺が導く場所に、蟻砂ッ! お前が移動させろッ!」

「はいッ」

蟻砂の全身に力がみなぎる。血液と一緒に、佐渡島言葉が全身に渡る。

蟻砂は制服を破りとり、両肩の星を剥ぎ取った。

マーサおばさん、私たちを守って」

星を手の平にあて、雪崩と接触させる。暴れ回り、二人を引き入れようとする雪崩を、星で拒絶する。星を揺ぎ無い結界として、暴君と交渉し、跳ね除ける。蟻砂は飛ぶように、滑るようにして雪崩を移動した。

道を示す佐渡島と、その意思を汲み取る蟻砂、二人と山の神との戦いは、二人にとって永遠とも思える数分間続いた。


そして、雪崩は止まる。全てが停止する。そこに動くものはない。




そしてプロローグ


山の麓――奇跡的に死傷者を出さなかった雪崩だが、農家である新村三郎の裏の小さな畑は雪に埋まってしまった。新村は、溜息と共にその惨状を眺める。だが、その目の端に、小さな異常を発見する。真っ白い雪の中、枯れ枝のように、飛び出したものは、紛れもなく人の手だ。驚いた新村は、大声で家族を呼び、自分は雪の中に走り出した。

そして、慎重に、しかし大急ぎで、手の持ち主を掘り出す。

やがて現れたのは二人の子供。堅く抱き合って、彫像のようになっている。

新村は、手を当てて驚いた。酷く冷たく、もはや生命のかけらも見えないその体は、力強く脈打ち、生を主張している。


二人の少年少女は、未だ生きている。二人で、生きている。

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