だって、思いついたから このページをアンテナに追加 RSSフィード

2007-05-08

僕はワトソンに憧れる。

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私の心臓は低く重い音を断続的に体中に轟かせていて、それにあわせて私の小さな胸は大きく跳ね上がっている。京子先輩は既に壇上に上がりマイクを手にしている。先輩の理知的で冷たい視線が、哀れな子羊と化して怯え、混乱する学生達を見渡している。あぁ、カッコいい! 京子先輩。

そして、先輩の冷たい静かな声がホールに響いた。

犯人はこの中に居ます」

言った! 始まった! 今! 私の心臓はもはやマシンガンのように血液を撃ち出している。頬が紅潮していくのがわかる。京子先輩のワトソン役たる私が、ああ、恥しい! 

先輩の声はそんなに大きくなかったのに、騒ぎ出していた生徒たちは喋るのを止め、皆壇上の先輩の方を見た。これが先輩の力。名探偵としてのカリスマ性。私は、そんな先輩が、先輩のことが。

犯人貴方です。三村清二さん」

いきなり先輩が犯人を指差す。先輩の細く白い指の先には、分厚いメガネをかけた唇の厚いオタク三村清二の姿があった。三村は何を言われたのかわからずきょとんとしている。

気付けよッ! お前だよ! 反応しろバカ三村! 

周囲の人間が先に気付き、ざわめきながら三村から距離を取り始めた。それでやっと気付いた三村は、ずり落ちたメガネを中指で抑え、どもりながら叫んだ。

「な、何で僕が」

「説明しましょう」

ゾクゾクが背中を駆け巡る。先輩から、三村に向かって、どうして犯人三村であるのかの説明が行われている。淡々としながら、まるで見ていたかのように、三村の犯行を説明する。そのときの先輩には、演説者の昂りも、弾劾者の怒りもない。黒板の前で数学の証明問題の説明をするように、三村犯罪について述べている。

私は、それをうっとりと見つめる。子宮が締め付けられるような錯覚を覚える。私は、やはり、この人の側にしかいられない。

そして先輩の説明は、想像通り、私の想像を越える。

「そして、もう1人の犯人三村清二さんに犯行を行なわせた人物がいます。それは」

それは、それは、それは、それは。誰ですか。京子さん。

私は、息を吸うことも忘れ、先輩の言葉を待った。やっぱり、やっぱり、やっぱり先輩は。

「妃悠里さん。貴女ですね」

先輩は、最高だ! 私は倒れ込みたい欲求を必死でこらえる。

先輩の白い指先は、今度は私の方に向いている。

そう、そう、そう、そう、そう、そうです。私が、私が、真犯人です。

「そして、本当の名前は、指名手配中の殺人鬼・木崎友二」

そう! そうだ。そのとおりだ。京子さん。やはり、貴女はそうでなくてはならない。

本物の引きこもり根暗の妃悠里はもうこの世にはいない。僕が殺した。僕は木崎友二だ。

京子さん!」

僕はたまらずに大声を上げてしまった。とても恥しい。壇上の京子さんは相変わらず感情を見せない目で僕を見ている。今日は少し憂いを帯びたように見えるのは、陽が沈んで、ホールが暗くなったからだろうか。ああ、また失敗だ。今度こそ京子さんのワトソンになれると思ったのに。でも次の事件は考えてある。名探偵探偵助手の出会いとなる最初の事件は。

ああ、悲しいけど嬉しい。わかっている。僕はまるっきり矛盾している。僕は僕が京子さんのワトソン的な位置に立つための事件を構築しながら、その事件が外側だけでなく内側の僕がむき出しなって台無しになるまで解体されることを喜んでいるんだ。

京子さん、同じ孤独な天才でありながら、僕と貴女の位置は点対称。常に決定的に異なってしまう。それでも僕は、貴女の隣に居たいから、だから。

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