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2007-05-24ライヴ感あふれる打ち切りをお楽しみください

リレー小説ログ:父さんが脱サラして

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父さんが脱サラして勇者になると言ったとき、僕は反対しなかった。かっこいいと思ったからだ。あれから5年、今僕はそれを後悔している。






脱サラ」という言葉の響きに陶酔していただけかも知れない。父さんは新事業のためにマカオに発った。あれから帰って来ない。海外で事件がある度、家の中に緊張が走ったが、今は、それもなくなってしまった。




それでも母さんは時折遠くを見つめる事がある。妹が先に気付いた。そっちにはマカオがある。

脱サラに一番反対していた母さんの部屋から、「RPG入門」やらドラクエ空箱やら、母さんの読まないファンタジー小説が出てきたときは複雑な気持ちになった。母さんを馬鹿だとも思ったし、いじらしくも思った。そして帰らない父に怒りを覚えたのだった。

だが、今日、その勇者は帰還した。それも最悪の形で。




「勇者総合サービス」父は、そんなノボリを掲げていた。僕は五年ぶりの再会よりも、まず、父を殴る事を考えた。僕が父に向かって拳を飛ばすと、父はふわりと浮かび上がり、大股に蹴りを繰り出した。そのスローな蹴りを両手で受け止めやり過ごそうとした…

「かかったな!アホがッ!」




父は両足を僕に預けたまま両手を交差し、その十字手刀を僕に向かって勢いよく突き出した。バリバリと稲妻のような音がして、父のズボンの尻がやぶけた。

避けるまでもなく手刀は僕の前方50センチで止まっていた。父の手が短いのと極端に固い体が技を成功させなかった。そもそもその技は百年も前に破られている。父は当然の如くバランスを失い、アスファルトに生尻を打ち付けた。

無駄なんだよ……無駄……無駄なことは嫌いなんだ」




父がマカオで何をしていたのか?その事を言及するのは止めた。それよりも、「勇者総合サービス」とは何なのか。どういう仕事なのか?その事を問いただそうした。父は、その雰囲気を察して、ゆっくりと語った。

「聞いてくれ、父さん、勇者だと思ってサラを脱したんだけどな…父さん、魔王だったみたいなんだ。」

その直後、母が目から血を流し、卒倒した。

「母さん!」




抱き寄せるも母さんはぐにゃりとして、意識がない。僕は父さんを振り向いて叫ぶ。

「何とかしろ!親父!」

父さんはいつの間にかくわえていた薔薇をプッと吹き出した。薔薇は母さんの胸元に突き刺さる。やがて薔薇からイバラの茎が吹き出し、母さんを包みこんだ。

「やはり、母さんには刺激が強すぎたか…」

「説明しろっ!」

「……時間がない。父さんは魔王だ。それが全て。そして同時に平和を愛する男でもある。父さんは勇者を探している」




「そんな事はいいんだよ!勇者総合サービスて何だよ!説明しろよ!」

貴様ぁ…目の前で母親が倒れておるのに…。」

「うるせえ!一つずつ解決しやがれ訳が分からねえよ!」

「むう…いいか…勇者総合サービスとはな…」

その時、扉が突然開いた。

「俺が勇者だ!」




そこに立っていたのは、妹だった。右手に金属バット左手漫画を持ち仁王立ちしている。漫画読みかけらしく、中程に指をはさんでいる。

「最後の方の話は聞かせてもらったわ」

「雪子!」

「雪子!いつから俺などという言葉使いを……」

父さんは最後まで喋れなかった。音もなく近付いた妹の一撃で昏倒している。

「な、何」

スッと突き出されたバットが僕の動きを制する。

「お兄ちゃんには関係なイ」




ああ、雪子、なぜこんな事に…そういえば雪子が生まれた時、剣と筆が並べられて、その時の父は、「剣を選べば修羅の道、筆を選べば女として生きよ!」と言って、雪子は玄関においてあったバットを選んだのだよな。その後、小学校の窓ガラスを全部割ったり、教頭をタコ殴りにして、中学じゃあプールサイドで男友達をめった打ちにして、健やかに育った雪子がなぜ、こんな事を。ああ、雪子。

ピーポーピーポー

遠く、救急車サイレンが聞こえる。




「次は、あっち」

サイレンの方向に駆け出そうとする雪子の腕をとる。振り払おうとする雪子を必死で抑える。

雪子は勇者なんかじゃない……雪子は……!

「雪子……」

後ろから声がした。振り向くと父さんが立ち上がっていた。

魔王はここだ……どこにいく」「止めろ!父さん!しんじまうぞ」

雪子は手をふりほどきバットを構え、父さんに駆け出す。

父さんは僕を見て、確かに笑った。




雪子の一撃は、父親を確かにとらえ、父親は地に伏した。どうみても死んでいる。そう思えた。

「雪子、何がなんだか分からないけど、父さんが魔王で…もう終わったんだろう?雪子が勇者って事は、よく分からないけど、それでも雪子を信じるよ…」

自分でも何が起きたか分からなかった。雪子が誰かを殴っている。アレ?僕…?あれぇ?

そんな雪子、毎日、雪子の服にアイロンをかけたし、下着も洗ってやった。お兄ちゃんに何か不満があったのか?それとも、それが勇者なのか?分からない。分からないよぅ。

視界が真っ赤に染まり、僕の意識はフェードアウトした。




「あなた……どうしても行くの?」

「ああ……もうすぐ、雪子が覚醒する」

「だからって貴方がいかなくても」

「誰かがやらなくちゃな……誰かが……あの子を救ってやらなくちゃ」

亡き崩れる母。歩き出す父。やがて姿は消える。


山の中、ボロボロの服を纏い走る父。手には古い本。

「渡すものか……絶対に」


家の前、ポストを覗く母。手紙を見つける。差出人を見て顔が輝く。だが中身を読むに従い、顔は曇っていき、やがて堪えきれず泣き崩れる。

「こんな……神様……どうして」

だがやがて母は立ち上がる。その目は力強く前を見ている。僕の方を。


暗闇に父と母が並んで立っている。二人とも僕を見ている。そして声をそろえて言った。

「後は頼んだ」

「む、無理だよ」

貴方ならできるわ」母が言った。

「全てを終わらせてやれ」父が言った。

何だよ! できるわけないだろ!意味わかんないよ! こんなの見せられたって、どうせ僕はもう死ぬんだッ!


微笑んだまま父と母が消える。

「ま、待っ」

代わりに浮かび上がったのは妹だった。まだ幼稚園に入る前。まだ妹が普通だったころ。

暗闇に浮かぶ妹はにっこりと僕に微笑み、消えた。

だが僕は見た。笑顔の妹の目に不釣り合いな涙が光ったのを。

その光が暗闇を大きく照らした。僕は目を覚ます。




気がつくと、そこは病院だった。白い清潔なベッドの上で、僕は寝ていた。父さんと母さんは…夢に見た感じだと…いや、そんな事はない。

小さな、棚を兼ねたテーブルにはラジオがある。つけてみるとニュースがやっていて、世界の異常気象とか、そんなのを報じていた。

「僕には関係ない。」

自然とそんな言葉漏れていた。「勇者総合サービス」とは何だったのか?雪子は何者で、何がしたかったのか?何一つ分からなかった。

「あら、気がつかれましたか?」

頭の軽そうな声がする。看護士の女の人だった。

「ええ、はい、お世話になってます。」

「あ、これ気付きました?」

話を流され、カチンとくる。

「これ、あなたが倒れていた時に握ってたそうですよ。」

「-それは…。」

話している間に、ラジオ番組が次に移り、僕の大好きなORANGE RANGEの曲が流れていた。



打ち切り