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2007-10-01蟹場律動

彼女が彼女であるために

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「どうせ、貴方はあたしの体と心と声と匂いだけが狙いなんだわ!」

「うん、そうだよ……他に何が」

「『あたし』を愛して!」


彼女』を構成するのは何か?


私がそれからやったのは『彼女』の確認作業だ。吐き気をもよおすような悪夢。私は『彼女』の形の良い耳と鼻を削ぎ、綺麗な目を刳り貫き、艶やかな黒髪を全て刈りとり、細く美しい指を関節ごとに切り落とし、伸びやかな腕、足を次々に切断した。それからゆっくりと皮を剥ぎ取っていく。私は少しずつ少しずつ『彼女』を削っていった。しかし、『彼女』はまだ『彼女』だった。『彼女』は不甲斐ない私を罵り、涙を流した。私は心を痛めた。しかし私の『彼女』への愛は強くなっているように感じた。次に私は『彼女』の心を削る。私は『彼女』の生命活動を維持したまま、既に半ば絶望した『彼女』をさらに絶望の奥の奥底に埋没させていく。それはしかし、『彼女』の私を愛する心をも殺す作業であった。私は涙を流した。私は私を殺していたのだ。

そして、『彼女』は動かなくなった。その肉の塊を見て、私は理解する。『彼女』はもうそこにはいない。私は混乱する。『彼女』は消えてしまった。しかし、と私は考える。もしかしたら、分解したパーツの中に『彼女』はいたのかもしれない。パーツに分解したとき、『彼女』は一緒に細切れになってしまったのかもしれない。私は『彼女』の断片を拾い集めた。もう『彼女』は1つにはならない。何か、方法は。方法は。方法は。方法は。あった。ひとつだけ。

そして、私は――。


「食べたのね。彼女を」

「はい」

「そして貴方は『彼女』になった」

「いいえ。正確には『私と彼女』です」

「そう。それで、本当の『彼女』を見る事ができた?」

「はい。『彼女』は私の肉に溶け、本当の『彼女』に私はいつでも会うことができます。ほら」

そして、被験者17号は目を瞑った。数秒の沈黙の後、目を開けた被験者17号は『彼女』になった。




その女性研究者は、同僚の研究者を呼び止め、コーヒーを勧める。

「君、なぜ彼女は、自分が食べられたと主張するのだと思う?」

「わかりません。彼女は全てが異常です」

「わからないものを異常で片付けるのは三流のやることだよ。異常なんてない。単に確率が低い事象であるというだけ。彼女はいたってまともよ」

「では、恋人を殺して食べた彼女が罪の意識から逃れる為に、逆の記憶とそれに矛盾した人格を作り上げた。というのは」

「それらしい答えね。でも、それらしい物語だね。それじゃあ」

「わかりません。僕は専門ではないので」

「同化したのよ。彼女はそれができる」


「食べることが同化することだとはどうしても思えませんね。だって、吸収できる栄養以外は、全部排泄されるんですから」

彼女が気に入ったのは、その排泄される部分だと思うな。余計なものを取り除いて、本当だけを見つめられるから」

「やっぱり僕にはわかりません。それじゃあ、本当の同化っていえないんじゃないですか。余計なものも全部、本当でしょう」

「案外、青いんだね。君」

女性研究者は、眼鏡に手をあて、くすりと笑った。




「『彼女』の中の『彼』は、別の人格というよりも、『彼女』の観察力と想像力、そして演技力の賜物なの」

彼女は、天才女優というわけですか」

彼女実験をしているのよ。他者を取り込むことで、他者の視点から彼女を観察しようとしている。本当の彼女を」

「なぜ、その為に人を食べるんです」

儀式ね。人が人ならざるものになるためには、悪魔の力を借りねばならないの。科学だってそう。悪魔を宿らせて、人は新しい知恵を得る」

「何故、一日中部屋に閉じ込められている彼女がいろいろな事を知っているのかがわかりました」

「あら、やっと。それが彼女の協力への条件だったから」

「あなたは異常だ。貴女の生活の一部始終が彼女に届いていたはずだ」

「私は悪魔になりたかったの」

「そんなことで、貴女は、彼女に食べられたのですか」

「そう」

そして、『彼女』は笑った。眼鏡に手をかけるあの人の癖で。


不思議だ。本当に君はあの人のようだ」

「まだ信じられない? 私は貴方の知る私じゃないけど、『彼女』は私を観察し取り込んだの。観察されていたのは私たちだった」

「あの人を殺した君を憎くてしょうがないのに、僕はあの人を宿す君が殺せない」

「ふふ」

「僕もそこに行けますか?」

「もちろん。では、始めましょうか」




衰弱したその少女が見つかったとき、研究所には、彼女の他に誰もいなかった。研究所では違法な人体実験を行っていたという情報があり、何らかのトラブルにより被験者であった少女を置いて、全員が逃走したという見方が有力である。事実はわからないまま、想像だけが先行し、不思議な事件としてマスコミがとりあげたおかげで、少女は一躍有名となった。

しかし、実は少女が両性具有であり、その後行方不明になった事は知られていない。多分、知っているのは、

『あたし』だけ。




食人賞参加

http://neo.g.hatena.ne.jp/keyword/%e9%a3%9f%e4%ba%ba%e8%b3%9e