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2008-03-31イブ

本当は恐ろしい美味しんぼ

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ここまでのこの漫画の考え方で行くと、良い飼料で健康的に育った家畜は美味しい。というルールがあって、ならばその家畜を食べて生まれた、山岡夫妻の子供は間違いなく美味しいはずなのに、何故、雄山が食おうと言い出さないのだろう。

http://dochikushow.blog3.fc2.com/blog-entry-771.html

既に経験済みだから。山岡士郎が彼の第一子でなかったとすると、雄山の妻が夫の美食に献身的だった理由に別の説明がつく。彼女はこれ以上食われたくなかったのだ。

http://neo.g.hatena.ne.jp/objectO/20080330/p1

すべては雄山が抱いたシナリオの途中なのだという説を思いついた。

おぞましい想像なので隠す。


海原雄山は、まだ人食に至っていないと考える。根拠はないが、それは海原雄山が芸術家であるから。人を食べると言うのは、人の感情を食べる事なのだと直感した雄山は最上の人食とは何か? 考える。海原雄山(作者)のシナリオはこうだ。

  1. 士郎とゆう子の第三子誕生(運命の御子)
  2. 雄山、双子の片割れを手懐ける。
    • おそらく、今よりもう少し育った双子は、キャラクターの差別化と、雄山と士郎親子の和解のエピソードの為に、自然(不自然)な流れで、片方が海原雄山になつくようになる。
  3. 双子、もう少し育ち、自分の意思を持つ。男女という事だけでなく、二人の対象性がはっきりと出てくる。
  4. 舞台が完全に整い、雄山は一人高笑いする。
  5. 完全に和解した海原親子。何気なく雄山が言う。「さて、次の至高のメニューVS究極のメニューの食材だが」
    • 当然、雄山が指定するのは、士郎とゆう子の双子。
    • 双子の片割れは、雄山の洗脳により、自分が食材となることに微塵の疑いも抱かない。
    • 「それは、とっても、素晴らしいことなんだよ。お母さん」
  6. 「そして、料理の判定は、その子が行う」
    • 雄山の指差した先には、士郎とゆう子の第三子。
    • 士郎と雄山が、双子をそれぞれ料理し、三番目の子供が、試食する。
  7. 騒然となる山岡家食卓。
  8. しかし、士郎は、気が狂ったとしか思えない雄山の発言に驚き、怒りを覚えながらも、自らの奥底で、暗い笑い声を聞く。
    • それは、憎むべき相手を失い、振り上げた拳を振り下ろせなくなった苛立ち。
    • 自らの孫を食さんとする、憎むべき完全な悪を叩き潰せるという愉悦。
    • 士郎は喜びに打ち震える。
  9. 挑戦を受けた士郎の濁った目を見てほくそ笑む雄山。
    • 「憎しみは料理人の目を曇らせる。しかし料理には悪魔が宿る」
  10. あまりにも現実とかけ離れた話をする義父と夫とわが子に、戸惑い、泣き叫ぶ、ゆう子。
  11. 士郎は告げる。
    • 「もう一人いるからいいじゃないか」
  12. ゆう子、発狂したかのような叫び声をあげて気を失う。
  13. 士郎と雄山の笑い声が辺りにひびく。
  14. そこで、ゆう子の目が覚める。
    • その日は日曜日で、既に士郎と子供達は起きていて、朝食ができている。
    • 士郎と子ども達がじゃれている。
    • 士郎が大きな声で「がおー、たべちゃうぞぉー!」と言うと、子供たちはきゃっきゃと喜ぶ。
    • しかし、ゆう子は咄嗟に「ダメぇー!」と叫んで士郎と双子の間に入る。
    • 涙をうかべ、双子を抱き寄せるゆう子と「な、なんだ?」と一人不可解な顔の士郎がうつる大ゴマで物語は終わる。

それでも、やっぱり雑誌掲載はならず、原作者が小学館ともめたまま、美味しんぼ最終回は幻となる。

 2008/04/02 19:44柏原雄山て誰よ。

sasuke8sasuke82008/04/02 23:50本当だ。ありがとうございます。直しました。