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2008-11-17おれたちはパンツじゃない

プリンセス・ミネルヴァ

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その掟はひとつだけ。

パンツを見たものはみな死ぬ。


たった一人の少女が、日本中を震撼させた「血の七日間」。


少女はただ歩いているだけだった。どこに行くともしれぬ、ふらふらとした足取りで、長い黒髪をなびかせて、少女は街を歩いていた。季節は夏。台風が日本列島に接近し、強風が吹き荒れた七日間。そのたった七日間で数万の人間が死んだ。




最初の犠牲者とされるのは、ごく普通のサラリーマンの男。雨の降り出した夕方の路上でスーツの男が倒れているのが発見される。その後、男の自宅PCから、自分で撮ったらしい大量の少女の猥褻画像が見つかる事で、男がごく普通のサラリーマンでない事が知れる。男は顔から血を噴き出して死んでいた。

次の日には二人死んだ。一人は盗撮マニアの小学校の教頭で、もう一人は町の名物となっていたスカートめくりおじさん。死因は出血多量。鼻から血を噴き出して死んでいた姿を登校途中の大勢の学生が見た。

奇妙な符合に誰かが気付く。警察はさらに被害者の周囲で同時に見かけられた少女の存在に気付く。愚かな関係者からマスコミにそれが知れる。退屈なお茶の間に、刺激的なニュースが届けられた。

変態を狩る通り魔、未知のウイルス、そして謎の少女。

その頃、ネットの掲示板に、奇妙な書き込みが現れた。


少女のパンツを見てはいけない。見たものは死ぬ。


警告ともとれるこの文章は、瞬く間にネットに拡散した。それは昔からあった同様な都市伝説と融合し、ある側面における真実を創り上げるまでに至った。

曰く、小さな頃から、性的虐待を受け続けた女が自らの呪いをかけた。自分のパンツを見るものに死が訪れるようにと。そして女は街を歩く。笑みを浮かべながら、屍を増やすために。


最初の犠牲者が発見されてから四日目にして、各地で続々と血を吐いて死んだ人間の事件が報道されるようになる。死亡推定時刻から、沈黙を守っていた二日間で、数人の被害者が出ていた事になる。発見が遅れたのは彼らが見つかりにくい場所で死んでいた事による。あるものは自宅で、あるものは車の中で、あるものは山の中で。そして、その傍らには少女の目撃証言が必ずあった。

ここにきてようやく圧力がかかりマスコミは沈黙。表面上、日本に事件はなくなり、だが確実に人々の心に暗雲が巣くった。そして一部の愚かな者たちにより、惨劇が起こる。


どうせ死ぬならパンツを見ながら死にたい。

匿名掲示板に立てられたそのスレッドは、初め冗談の類で始まり、やがて少女の目撃情報が報告されるようになり、少女探索オフ会が各地で開かれるまでに至った。そして大規模な少女探索オフ「満月の夜に狩人は死を望む」が開催されることになる。

その引き金は、立続けに被害者の見つかったある街の人間を名乗る書き込みだった。

俺の街で少女発見。スカートをめくった友達が死んだ。俺は腰が抜けて、そこに座り込んだ←今ここ

大量の人間が街に入り込んだ。祭りだ、と誰かが言った。

しかし、祭りは必ず終わるものだ。盛大に、騒がしく、そして静かになる。町に入り込んだ全員が死んだ。静かな田舎町は、突然血の匂いの漂う死都と化した。

最悪な死は加速する。誰かがビデオカメラを街に持ち込んでいた。ビデオを撮ったものは、撮るときに死んだ。自分はパンツを見ないようにして、撮影を続けたのはビデオを持ち込んだ男の友人だ。その男は動画をアップロードした後、自分でその動画を見て死んだ。そしてWeb上で動画は拡散した。盲目的なアダルトサイトが、動画にリンクし、Web上に確固たる居場所を見つけたその動画は、数万の人間に死を与えた。




少女は歩いていた。ゆらゆらと揺れるように、道を歩いている。手には風呂敷に包まれたものを抱えていた。長い黒髪は遠くからも美しく見えた。

少女は、まだその町にいる。そして、私もそこにいた。


「守屋さん、あんまり見たら危ないですよ」

カメラマンの台詞で我に返った。私はテレビカメラの調整をしながら、遠くの少女に見とれてしまっていた。

既に緊急事態宣言が発令されている。NHKは、政府の歯切れの悪い説明を流しているだろう。

「もう帰りましょう。守屋さん」

泣きそうな声で、カメラマンの楠田が私に言った。

「馬鹿、帰ったらデスクに殺されるぞ」

「いくらデスクでも本当に殺しませんよ!」

「ここではもう人が死んでる」

あちこちに死体が転がっている。その中には、止めるのも聞かずまさに突撃レポートをして死んだアナウンサーもいる。ここは本当に日本なのか。血の匂いに眩暈がする。

「とにかく、この状況を伝えるのは、マスコミの義務だ。そうデスクは言ってる」

「じゃあ、何で絵を写さないんです?」

「見たら死ぬものを放送できるか」

そう言いながら、私は自分が何を言っているのかもよく理解していなかった。頭はモヤがかかっているようで、私はただ少女の後姿を見つめていた。どんなに馬鹿らしくても人は死ぬのだな。そんなことを考えていた。

この仕事に就いて15年。他の仕事はしてない。やりがいと呼べるような気持ちは既に無くなっていた。単調で、ぱっとしない日々。この事件はそれを変えてくれるだろうか? 不謹慎だろう。だが、その事件を前にしても、目の前の死にすくんで動けない自分がいる。


「あ、いたいた」

その若者は、最初、大勢の野次馬たちと同じようにこの場に現れた。

1つ、違ったのは死体にも少女にも気を払わずに、私たちに近づいてきたことだ。

「あんたのおかげで、場所がわかったよ」

少し高い声で、若者は言った。

キャップを深く被り、ジーンズにジャンパーのラフな格好の若者は、私達に笑顔を向けた。

「死んでる人もいるけど、でもまだ間に合うと思う。ありがとう」

そう言って、頭を下げた若者を、既に私は他の大勢の愚か者達と同列に扱ってはいなかった。

「それは、どういう」

そのとき、耳をつんざくような嫌なタイヤの音がして私は身を竦ませた。私達が音の方向を振り向いたとき、黒い乗用車が、走り去っていった。そして、そこにいたはずの少女がいない。

「しまった!」

若者の顔色に焦りが浮かんだ。

私は、唐突に叫んでいた。

「乗れ!」


車内で、若者は私達に淡々と語った。

「そのパンツに向けられた邪な視線は呪毒となって持ち主に返る。それが理。事件の被害者達は、呪毒として実体化した己の邪な気持ちに殺されたんだ」

「祟り?」

「違う。多分、あれは全く逆の力」

若者の話は、ネット上のオカルト話となんら変わることがなかった。だが、私は何故かそれを信じた。

「パンツを見るとき、人は酷く無防備になるんだ。呪毒はそこにつけ込む。あの子のスカートの下はおそらくパンツじゃない。あの子の父親が呪いをかけたんだ」

「父親が……呪いを」

「多分ね。僕の想像だけど」

それと、そう言って若者は顔を伏せた。

「守屋さん、おまじないだ」

そう言って、若者は私の耳元でささやいた。

私が、驚いた顔で、若者の顔を見ると、若者は切れ長の目を細めて笑った。私は何故か落ち着かない気分になった。


「守屋さん、あれ!」

楠田が指指した方向に、少女をさらった黒い車が電柱に腹を打ち付けて、停止していた。ボンネットから、黒い煙があがっている。

車の中に少女の姿はなかった。ただ運転手は死んでいた。高そうなダークスーツに身を包んだ男は、少女を狙う変態には見えなかった。

「大方、どこかの誰かが彼女を兵器にでも利用したかったんだろうね」

若者は、もう車を見ていない。その視線の先には、件の少女がいた。相変わらずふらふらとした足取りで、どこかに向かって歩いている。

若者は、黙ってその背中に向かって歩き始めた。

「おい!」

若者は、大丈夫だと手を振った。


若者は、少女に近づいて、声をかけた。何を言ったかはわからない。少女は振り向いた。あどけない顔だった。小学生くらいだろう。そして、少女は赤く目を腫らし、泣いていた。

私を知らず足を前に出していた。私を強く動かすものがあった。

「守屋さん!」

「楠田。音だけ拾って、ついてこい。絵は撮るな」

「守屋さん!」

「楠田……頼む」

守屋は目を瞑って、私の袖をつかんだ。震えているが、私の歩みに合わせて前に進む。


少女は若者にしがみついて泣いていた。少女のしゃくり上げる声が聞こえてくる。

「怖かったね」

若者が優しく少女の頭を撫でる。

少女の肌は驚くほど白かった。だが、その顔や服は泥などで汚れている。少女が、幾日か服を変えていないのは明白だった。ずっと歩いていたのだ。私は、やっと少女が現実の、一人の人間である事に気付き、どうしょうもなく恥ずかしく悲しい気持ちになった。

若者は少女の前にかがむと、ジャンパーのポケットからくしゃくしゃの白い布を取り出した。

私が、それが何かと尋ねる前に、若者は、それを少女の足元で広げた。二つの穴。小さなリボンがあしらってあるそれは、パンツだった。

「な……」

私が声を発する前に、少女は、若者が広げたパンツに足を通す。そして、自分で腰まで引き上げた。

その瞬間、少女のスカートが大きくめくりあがったと思うと、白いもやのようなものが少女のスカートから立ち上り、空に消えていった。風が止み、スカートが戻ると、少女の顔は少しだけ赤みを帯びて、生気を取り戻したように見えた。少女は白いもやが消えた空を眺めている。そして小さく呟いた。

「さよなら、お父さん」


彼女の父親が死んだのが8日前。彼女は橋の下で、彼女の父親と暮らしていた。借金取りに追われる生活。彼女は下着さえも満足に持っていなかった。父親が死に、連絡を受けていた知人により父親は火葬された。そして父親の知人の家にいて、最後の下着を洗っているとき、借金取りに居場所がばれた。そして少女はそのまま逃走生活に入った。少女が持っていた風呂敷は彼女の父親の骨壷だった。

「父親は無念だったろうね。そして何より娘が心配だった。その思いは、彼の死後もこの世に残った。彼女の下半身を守る守護霊としてね。実際に父親は変態どもから彼女を守りきった」

若者はそう言って傍らで眠る少女の髪を撫でた。

「君にはその、霊能力があるのかい?」

「いや。ただ、身近に同じ事があったのさ。だから、ほっとけなかった」

若者は顔を伏せた。長いまつ毛が憂いを帯びている。

「でも、怖くなかったの? その、邪心があれば、死んじゃうんだろ。いくら、ロリコンじゃなくてもさ」

失礼な質問に、私は楠田をたしなめようとしたが、若者は笑って答えた。

「そうだね。でもまあ、私も一応女だし」

驚いた顔の楠田に前を向いて運転するように命令し、私は若者に謝った。

「いいよ。ちょっと悲しいけど、守屋さんはわかってたみたいだし。それより」

若者―もう一人の少女は、真剣な顔で私を見た。

「この子を救って欲しいんだ。この子を人殺しにさせたくない」


「本当にこれでいいんだな」

「うん」

私は機材の準備をしながら念を押す。そして、さっき車の中で聞いた言葉を思い出す。

「あれは呪いなんだ。みんな、死んだみたいになってるけど、全員死んでるわけじゃない。助かる人だっているんだ。少しでも救いたい。あの子のために。呪いは簡単に解ける。さっき、おまじないとして教えたろ? それを言うだけでいい」


そして、私のたどたどしい声が、公共の電波に乗る。後で聞いたことだが、この放送は全国ネットで放送されていた。私のあやふやな説明に、デスクが相当無理をして動いてくれたようだ。

「ええ、皆さん。痛ましい被害者を出した事件はたった今、解決しました。そして、わかった事実です。被害者の家族の皆さん、この放送を録画または録音して、亡くなった方や、意識不明の方に聞かせてください」

そして、私は息を吸い込み、大きな声で言った。

「少女は……少女は、パンツを、はいていませんでした。繰り返します。少女はパンツをはいていません。皆さん、安心して下さい。あれはパンツじゃありません!」


七日間で死んだ数万人の人間が、次の七日間でその殆どがよみがえった。奇跡だった。ただ、そのうちの殆どが性犯罪者として逮捕されてしまったが、それはあまり関係のない事だ。私は表彰されて、少しだけ出世したが、それもまた些細な事に過ぎない。私がこの事件で得たもっとも重要なことは、私が絶望した報道に、まだ「希望」を伝える力があると知った事だろう。私は、これからも伝えていこうと思う。未来の子供達に。過去子供だった大人たちに。


そう、あの子もきっと、パンツはいていないから。




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