だって、思いついたから このページをアンテナに追加 RSSフィード

2009-05-28岸辺露伴は落ちてこない

落体観察

| 落体観察 - だって、思いついたから を含むブックマーク はてなブックマーク - 落体観察 - だって、思いついたから


書斎の窓から外をみやると、実をつけなくなった柿の木と、ぼさぼさに雑草が生えた花壇が見える。以前は、綺麗に手入れをしていたが、あるとき、人のいなくなった庭というのはどういうものか知りたくなってから、ずっとそのままにしている。あとは、草がまばらに生えた土の地面の中に、1.5メートル四方のコンクリートの部分がある。ぼくがこの家に来る前にあった古井戸を、夏になると中で大量の蚊が生まれるので埋め立てた。今は、空気穴のパイプだけが生えている。

ちょうどそのとき、ぼくは、窓の側に座り、ぼんやりと庭を見ながら、新しい庭の構想を考えていたのだった。

少女が落ちてきて、コンクリートに激突し、血と肉片を飛び散らかすまでは。

古井戸を埋め立てたコンクリートの上には、赤黒い血が広がり、今や乾きつつある。濃密な血のにおいが、庭に充満していた。少女死体高校制服らしき紺色のセーラー服を着ているが、頭から落ちてきたので顔はぐしゃぐしゃだろうと思われる。長い髪が放射線状に広がっている。その高校制服には見覚えがある。

そして、一通り観察したぼくは、最初に感じた疑問、彼女がどこから落ちてきたか、について考えを戻した。




ぼくの家は、地方都市住宅地から離れたところの一軒家であり、ぐるりと雑草の生えた空き地に囲まれていて、近くには少女が落ちてくるような高い建物はない。あとは飛行機ヘリコプターなどから少女が落ちたと考えるしかないだろう。少女が落ちてきて、まずぼくは空を見上げたが、空は快晴で雲一つなかったし、飛行物体も見えなかった。

とても、奇妙だった。でも、ぼくはこの感じを良く知っていた。

そのとき時計が8回鳴り、午前8時を知らせた。

ぼくが時計をみて、また庭に目を戻したとき、少女の姿は消えていた。あの赤い血も、濃密な血の匂いも、すべてなかったようになっていた。ぼくは庭に降りて、地面を調べてみたが、少女の死の跡は何も見つからなかった。

これがはじまりだった。

その次の日も、少女は僕の家に落ちてきた。


翌日に落ちてきたのは、昨日の少女と同じ服を着た黒い髪の少女だった。今度は足から着地した。足はぐしゃと砕け、あらぬ方向に曲がって、投げ出されている。少女の体は一瞬地面に垂直に突き刺さっていたが、やがて、くにゃりと地面に倒れた。今度は少女の顔が見えた。その顔は涙で濡れ、痛みで顔は歪んでいた。細いが力のこもった少女の瞳がぼくを捉えると、彼女の唇は小さく呟くように動き、その後に瞳は光を失った。そして、午前8時の時報と共に、彼女の体は消えていった。彼女は、景色に溶け込むように、煙が消えていくときのように、見えなくなっていった。

そして、謎だけが残った。ぼくは、恐怖ではなく、この現象に対する興味と好奇心が満ちるのを感じていた。

そう、この現象。毎日、同じ少女が、ぼくの庭に落ちてくる現象だ。


落ちてくる少女は、いつも同じ少女だ。4回目当たりで気付いた。同じ制服、同じ髪、同じ肌の色、同じ顔、同じ瞳。同一人物の少女が、午前7時55分くらいに落ちてきて死に、午前8時には消える。ひとつ違うのは、少女がいつも違う姿勢で落ちてくること。

頭から真っ直ぐに。仰向けで。うつぶせで。両手両足を広げて。膝を抱いて、丸くなって。倒立して。回転して。腕を組んで、仁王立ちで。飛び込み前転の要領で。座禅を組んで。後ろ受け身をとって。肘をついて寝転んで。カギ十字に手足を曲げて。フライング・ボディプレスのように。鳥のようにはばたいて。

落ちてくる少女をぼくは観察し、スケッチした。

姿勢によって、落ちてからの少女の生きている時間が変った。

そして、ぼくは初めて少女の声を聞いた。そのとき、彼女は、目と口から血を流しながら、顔を上げて、ぼくを見た。

彼女はか細い声で言った。

「み……せ…て」

ぼくは窓を飛び越えて、彼女の前にしゃがみ込み、スケッチブック彼女を見せた。

彼女の目はほとんど見えてないようだったが、ぼくの書いた絵を必死に眺め、やがて、瞳に力がなくなると、また静かに消えた。


そんなことが一ヶ月ほど続いたある日、落ちてくる少女を待っていたぼくは、彼女の様子がいつもと違うのに気付いた。

少女はまた、昨日とは体勢を変えて、落ちてきた。

ぼくはその姿に、思わず見とれた。

何かが大きく変ったわけでもなかった。ただ少女は、肩から地面に張り付くようにして落ちてきた。そして、少女は、コンクリートに倒れた。足をそろえ、腕を少しだけ曲げて、頬を地面につけて目を閉じている。ただ、ぼくは、それが、これまでのどの形よりも美しいと思えた。

ぼくが少女に近づき、スケッチを見せると、彼女は、それを見て、次に私を見て、少しだけ微笑んだ。

「ありがとう」

と、か細く美しい声で言った。

ぼくは少女目的が達成されたのだと知った。

次の日、ぼくの庭に、少女は落ちてこなかった。

その代わりに、ぼくの町の高校で、屋上から飛び降りて死んだ女子高生ニュース報道された。女子高生は一ヶ月前から行方不明で、捜索願いが出されていた。女子高生は、登校する生徒の真ん中に飛び降り、落ちた直後は少し生きていたが、救急車の到着を待たずに死亡した。。

その次の日には、死んだ女子高生が、好きだった同級生に振られて、衝動的に飛び降りたと、ワイドショー報道した。彼女発見した生徒の中に、その片思いの相手の同級生もいた。

その女子高生が、ぼくの庭に落ちてきた少女だ。


彼女は、特殊な力をもっていたんだろう。彼女は、何度でも、死の瞬間をやり直したのだ。行方不明になってから身につけたのだと、ぼくは思う。それは、ひどく個人的な、彼女だけが望んだ能力だからだ。歪で強い意志はときに力に変わる。特に、この町では。ぼくは、それをよく知っている。ぼくにも特殊な力がある。ぼくの書く絵に共感する人間記憶を読むことができる。ぼくは彼女にスケッチを見せ、彼女記憶を読んだ。

彼女の死について、メディア事実報道したが、事実から導かれた憶測はほとんど間違っている。

ボーイフレンドへの憎悪絶望彼女自殺に向かわせたのではない。

彼女はただ、彼の心の中に、自分を住まわせようとしたのだった。

いつまでも、鮮烈に、彼女のことを思い出すように、彼女は、愛する彼の目の前で死んだ。

そして、女の子らしいと言うべきなのか迷う所だが、彼に焼き付ける自分の姿が、綺麗で美しくあるよう、彼女は練習したのだ。ちょうど学校の玄関前のコンクリートと同じ、ぼくの家の庭の古井戸の上のコンクリートの上で。鏡の前で何度も髪の毛をいじる少女のように、彼女は何度も身体をコンクリートに叩きつけたのだ。彼女記憶が言った。

「だって、彼に醜く死んだ姿を見せたくないもの」

そして、彼女が気にしていたのは、自分容姿だけではない、最期に一言喋れる体力と時間まで計算していた。ぼくに「ありがとう」と言ったように、最期の愛の言葉を、ボーイフレンドにささやいた事だろう。その『告白』は彼を縛るだろう。

ぼくには彼女が理解できないし、彼女を動かしている愛や狂気といった衝動は、健全なものではないだろう。ぼくは、その意思をおぞましいとさえ思う。彼女に『告白』された彼に同情さえする。しかし、

人間にとって克服すべきは肉体であり精神だ。彼女は、肉体と精神の『痛み』を乗り越えて、前だけを目指した。たどり着いた先が間違っているかどうかは、ぼくは知らない。だが君の意思はひたすらに真っ直ぐであり、その為だけに能力まで開花させた……ぼくはそれに敬意を払う。この『意思』は、彼女の『物語』は、味気ない新聞ワイドショーでは描けないだろう。だから、このぼくが、岸辺露伴がそれを描く」

彼女の叫び声を、苦悶の表情を、光を絶やさぬ目を思い出し、しばし祈る。

まったく、ぼくのガラじゃあない。

でも、今日は祈ろう。

空から落ちてきた少女レクイエムを。




降臨

http://q.hatena.ne.jp/1231366704

杜王町サーガ

http://neo.g.hatena.ne.jp/task/2/19

死刑執行中脱獄進行中―荒木飛呂彦短編集 (SCオールマン愛蔵版)

死刑執行中脱獄進行中―荒木飛呂彦短編集 (SCオールマン愛蔵版)

トラックバック - http://throw.g.hatena.ne.jp/sasuke8/20090528