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2009-12-21拝啓、ジョン・レノン

パンティラヴァーズに捧げるバラード

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http://throw.g.hatena.ne.jp/sasuke8/20061205/p1


「次が、最後の話です」

男は新しい酒を注文した後に静かに言った。

「少し、長くなるかもしれませんが、よろしいですか?」

ミスパンティラヴァーズは、ゆっくりとした仕草で新しいタバコに火を付けて、一口吸い、大きく煙を吐いた。男がくゆる煙を眺めていると、女は呟くように言った。

「構わないわ」




【1】女褌革命闘士、峰褌子の半生


その女は北海道漁村で育った。女は孤児だったが、その村の子供のいない夫婦に引き取られた。その漁村は、寒さは厳しいがよく身のしまった魚がとれる。女はその漁師の一家の一人娘となった。ただし、漁村には秘密がある。女の父は褌革命闘士であり、女の母も褌革命闘士であった。そして女は成長して、やはり褌革命闘士となる。この漁村全体が褌革命軍の隠れ家であった。

革命歴史は浅い。運動組織的な体裁を整えたのが百年ほど前。だが遡れば、西洋パンツの流入により土俗の下着が駆逐された人々の心に芽生えたパンツに対する潜在的な反発が起源となる。いつしかそれが秘密結社的な性質を帯び、武装グループとしての性格を得て、現在にいたる。褌革命家が集会で語る、最終目標とは、全女子のパンツ撲滅と全女子の褌の義務化であった。

そうして女はごく自然な成り行きで闘士となるが、女は父や母のように集会に出たり、ビラを配ったり、デモに参加したりはしなかった。代わりに、女はスパイになった。泥棒になった。詐欺師になった。愛人になった。暗殺者になった。強盗になった。女優になった。ありとあらゆる悪となった。悪となって、女にできうる限りの褌革命を戦った。女は褌革命の闘士となった。幹部のひとりがやがて女を認める。両親は最初から女を認め愛している。

女の名前はわからない。記録にはない。褌革命軍の上層部は女を秘匿した。それは女が、革命軍にとって、本当の隠し刀となったことを示した。

ただ、女は仕事のときこう名乗った。峰褌子。

悪党たちはこう呼んだ。謎の女、峰褌子と。


【2】怪盗アルセーヌ・ルパンツ・一朝の誕生


男は今でも夢に見る。

それは大空を埋め尽くす純白の白。それは降り積もった絹(シルク)の柔らかさ。それは人の温もり。そのとき生まれたての赤子だった男が、覚えているはずのない感覚の群。だが、それが男の原風景だった。生まれて直ぐに、野良猫が野良犬死体を食べるような荒んだ路地裏に、捨て置かれた赤子が最初に出会った生の喜び。この世で唯一信じられる物。そのとき確かに、男は清潔で清らかで美しい物に包まれて、二度目の産声をあげたのだった。

そして、その夜を生き延びて、男は孤児院に引き取られた。フランス。その華の都の影。男は成長する。

その街は金の無い人間には優しくない。男は生きる為に盗みを覚える。食べ物を盗み、着る物を盗み、金を盗んだ。男のいる孤児院は気高きが故に貧しい。男はその青春のほとんどを盗む事に費やした。だが男の精神は歪まなかった。孤児院の子ども達は生きるという目的の為に寄り添った。孤児院を運営している老夫婦とその娘であるシスターは厳しかったが、子ども達を存分に愛した。子供達は当たり前のように犯罪を覚えたが、当たり前のように愛を知っていた。一つの温かい家族が形成され、そこにいる全員が家族の体温を知っていた。

そして、男は原風景を持っていた。自分に生きろ、と優しく伝えてくれた原風景がある。男の中でそれは「天使」と結びつけられ、男の心の根にある。そして、男が十五歳のとき、初めてあの夜の天使に出会う。それは彼らの姉、シスターマリアへのプレゼントの中にあった。プレゼントは男と兄弟達が高級洋服店からごっそり盗んだ服。その中に一つ、シルクで織られた一枚の布があった。

これが天使

男は、つま先から頭頂に至る一本の線が意識し、その線の上を電流が走るのを感じた。男の中に新しい何かが生まれる。そして男は自分の中に生まれた何かを、稚拙言葉シスターに伝える。シスターはその告白を聞くと、すぐに奥の院長室から小箱を持ってくる。その小箱にはまた、天使が入っている。

「これは小さなあなたが私達のところにやってきたとき、ずっと離さず握っていたものよ。これには東洋の文字で『一朝』と書かれています。あなたはもう大人ね。これをあなたに返します」

その翌日、男は孤児院を去る。孤児院から、十二番目の兄と小さな小箱とシスターマリアパンティが消え、習いたての文字で書かれた手紙が残される。


これまでありがとう。ぼくは自分の原風景を探しにいきます。


それから数年後、孤児院には多額の寄付が届くようになる。届け人は不明。ただ孤児院の家族は必ずかつて消えた兄弟を思い出す。その頃世間では、エリザベス女王の下着を盗んだ怪盗がイギリス指名手配されている。怪盗は、フランスルーブル美術館に秘蔵されていたマリー・アントワネットの下着を盗み、初めてその名を知らしめた。怪盗の名は、アルセーヌ・ルパンツ・一朝。


【3】ミッシングパンツ


ある日、世界各国の首相大統領国王総帥書記長、諸々のリーダーの自宅に予告状が届いた。

一週間後、貴国の全てのパンツいただきます

アルセーヌ・ルパンツ・一朝

その予告状を、リーダー達は当然のように無視した。だがそれと同じ物が、各国の主要テレビ局に届けられ、それは愉快な事件として、悪質な悪戯として、あるいはセクシャルハラスメントとして受け止められ、いずれにしろ国民がよく知ることとなる。そして、それらがほぼ世界中の、パンツ文化圏の全ての国に届けられたことがわかる。各国のリーダー達は、初めて事態を重く受け止めた。それらはもはや悪戯の域を超えていると判断したからだ。かといって、彼らに何ができるわけでもなかった。

怪盗ルパンツは世界を股にかける下着泥棒として、国際警察より指名手配をうけている。イギリスでは現役のエリザベス女王パンティを盗み、フランスでは密かに保管されていたマリー・アントワネットパンティを盗み、日本では宮崎あおい森光子パンティを盗んだ。そして、その他、有名無名を問わず限りない女性パンティを盗んだルパンツとその一味は、必ず予告状を出してから盗みを行う。それをメディアは面白がり、不甲斐無い警察糾弾する為の道具として話題にした。現在ルパンツの一味と目され、指名手配されているのは二名。痴漢大介部、居尻川黄門。当局の必死の捜査にかかわらず、彼らの居所は知れない。

そして犯行予告にあった決行日がくる。この日を人々は忘れないだろう。

全てのパンティを愛する人も、愛さない人も、特別な愛着を持たない人々も、その有意識的、無意識的に変革を余儀なくされる消失が、二つあった。

まず一つ目の消失。その日、怪盗アルセーヌ・ルパンツ・一朝は、予告通り、予告状を出した全ての国のパンティを盗んだ。

その日、起こった事柄を列挙しよう。

まずある少女の場合。少女は外出してしばらくして、自分パンツを履いてないのに気付いた。少女が慌てて家に変えると、家中の全てのパンツが盗まれていた。少女ズボンに履き替えて買いに行ったコンビニで、少女は「下着売り切れ」の張り紙を見つける。そのとき専門店ショッピングセンターや百円ショップやありとあらゆる下着を売っている店からもパンツが消えている。

この少女を、世界中少女、あるいは全ての中年女性、老婆、主婦OL看護士保母さん等々としても間違いはない。さらに世界中の下着メーカー工場で、その日生産した全ての下着が輸送車毎消えている。世界は唐突に、未曾有のパンツ危機に見舞われた。世界から一時的にパンツが消え、世界はその事件をミッシングパンツとして記録する。

消えたパンツはどうなったか?それはわずか三日後に返還された。だが必ずしも持ち主にパンツが戻ったわけではなかった。パンツ世界に、人類に返還された。その日の天気予報はことごとく外れた。その日、世界パンツ主要都市で、空からパンツが降ったからだ。人々がパンツ気づき、空を見上げれば、そこには大きな飛行船が飛んでいる。そこから、膨大な数のパンツが降ってきている。ロンドンで、パリで、ニューヨークで、東京で、ありとあらゆる都市で、パンツが降った。それは明らかに人為的なものだったが、人々は目を奪われた。色とりどりのパンツが降り、ストリートに降り積もった。それに同期するように各地で盗まれたと思われたパンツが見つかった。パンツは返還された。しかし、そこに二つ目消失がある。パンツを見た人々は、一斉に違和感を感じた。

「これは一体、何だ?」

二つ目消失ミッシングパンツ人類はしばしの間、パンツを忘れる。


【4】褌革命の終焉


革命闘士達が数十年かけて準備したプロジェクトのほとんどは潰えた。利用する為に引き入れた小さな駒が最後に反旗を翻し、同時に最も重要で忠実な闘士も失った。小さな駒の名はアルセーヌ・ルパンツ・一朝。そして闘士の名は峰褌子。

ミッシングパンツ計画の第一段階は、予想以上の成功を収めたといえる。あの怪盗を名乗る男は、思った以上の成果を出した。全世界の下着泥棒達への根回しと、Xデイへの綿密な打ち合せ。世界中の褌革命家による工場の襲撃計画。全ては滞りなく行われた。そして、あの日、計画では、同時多発的にパンツが盗まれ、工場破壊されるはずだったものが、本当に全てのパンツが消えた。どんな魔術を使ったのか、あの男は何も語らない。

第二段階も成功した。あらかじめ作成していたルパンツの犯行映像。褌革命闘士技術班が総力を結集した暗示効果により、映像を見た人間は一時的にパンツを忘れさせた。マスメディア自分たちの価値観を一変させる映像を昼夜送り続けてくれた。愚かとしか言いようがないが、大きくなりすぎた流れはコントロールできないという証明でもある。それは我々も例外ではない。

そして最終段階に移る直前に、あの男が裏切った。予定にはないパンツの返還。その結果、世界に起こった混乱まで、あの男が予期していたとは思えない。一度空白となったパンツ概念が、元に戻る前に上書きされ、民衆は新しいパンツ認識してしまった。最終段階は、我々の用意した怪盗が逮捕される映像により、全世界人間二つ目の暗示「褌こそが至上の下着」という意識が刷り込まれるはずだった。そうやって褌革命闘士百年の大望は成就するはずだったのだ。

ルパンツを人身御供にするこの作戦はルパンツはもちろん作戦にあたる褌革命闘士達にすら秘密であった。これを知るのは、我々上層部と、この作戦の立案者であり、実行の柱を担っていた峰褌子だけだ。だがあの男は、我々を出し抜き、あの男なりの革命を起こそうとした。卑小な意思が、大いなる志をくじくことがある。我々は直ぐにルパンツを捕えた。だが、全ては遅かった。あの夜、全ては潰えたのだ。

――何が起こったのですか?

我々の、褌革命闘士の結束が崩れた。あの女、最も忠実で力を持つ駒であったはずのあの女が。

――教えてください。その夜のことを。

そうだな。あの夜は、ひどく風が強かった。


【5】あの夜


革命闘士十七番基地ミッシングパンツ計画の中心を担うこの基地上層部会議がもたれていた。パンツ返還から三日目、ルパンツは捕えたが、作戦は変更せざるを得ない。人々の意識の中に新たなパンツ概念が生まれてしまった以上、空位となった標準下着の位置に褌を据える為の暗示の効果は薄いとの技術班からの報告があった。何より、新たなパンツ概念により混沌とした世界について、誰も予測できないのだ。

それでも今夜、計画続行か、それ以外の革命か、何かしらの方針決定が行われるはずだった。兵隊の闘士達は何も知らない。ただ褌革命を成す為の最後の号令を待っていた。今夜、会議で決着した内容で、最後の決起集会が行われるはずだった。

基地の集会場には待ちきれない闘士達が詰めかけている。会場の北、一段高くなった壇上、いつもならそこは支部長が立ち、演説を行う場所だが、そこにはまだ誰の姿もない。

ブザーが鳴った。会議の終了と、決起会の始まりの合図。そして、壇上に一人の人間が現われる。

深い赤のイブニングドレス。きわどいスリットが色情をそそる。迷彩戦闘服や汚れたシャツの目立つ地下基地ではそれは異色だ。その人物の目は物憂げに閉じられて、唇は濡れているように光を反射する。峰褌子が、壇上に立っていた。

峰褌子は薄く目を開け、壇上からそこに集まる革命戦士達を見回したその視線は、その場にいた全ての褌革命闘士に届けられた。それはまさしく愛だったと、後に若い闘士が語った。褌革命の戦士達は、壇上の峰褌子を、希望そのものであるように、目を輝かせていた。峰褌子は微笑んだ。

そのとき広間の後ろの扉が開いて、ロープで縛られた男が、革命闘士に連れられてやってくる。男のくたびれたスーツは、泥で汚れ、あちこちが破れて血が滲んでいる。男の顔や体には暴行の後がある。昨日、峰褌子により捕えられたアルセーヌ・ルパンツの変わり果てた姿であった。ぼろぼろの格好でありながら、男の目は死んでいない。その目が、真っ直ぐに峰褌子を捉えている。それを受け止めて、峰褌子の語りが始まる。

「同志達よ。愛しています」

闘士達の歓声が基地を震わせる。

「私が七歳の頃、私を産んだ両親が死んで、今の両親に引き取られました。私はそこで普通に愛されて育ち、普通に褌を締めるようになった。最古の褌革命闘士が生まれたのが百年前と言います。あなたがたの多くも、私のように小さな頃から普通に褌と共に暮らしたと思います。村を出て、良い事も悪い事も知りましたが、私は、私達の普通を、世界普通にする為の闘いに、何の疑問も持ちませんでした」

闘士達は峰褌子の旋律のごとき声に酔いしれた。故に峰褌子のわずかな変調に誰も気付かない。

ミッシングパンツは、百年の間引き絞られた革命の矢です。私達が行おうとしていた作戦は、新たな暗示を用いて、私達の普通――褌が至高の下着であることを民に認めさせるはずだった。ですが、そこでルパンツの反逆により計画は狂いました。人々の再びパンツを知り、認識の隙間は埋まってしまった。私達は失敗したのです」

闘士達がどよめく。

「でも私は、それで良かったと、思ってしまった」

ここで闘士達が峰褌子の決定的な変調に気づく。しかしもう誰も彼女を止められない。

「私は幸せです。私は、褌を愛し、両親を愛し、人を愛し生きた。そこに悔いはない。私は何も奪われてはいない。愛すべき闘士達。あなた達はこのままでいい。そのままであなた達が愛するものを誇ればいい。世界が変わらなくても、あなた達が変わらなければ、それでいい。これが本当に目指すべき革命なのではないか、と私は思いました」

そのとき、広間の扉が開いて、上層部人間が入ってくる。壇上の峰褌子を見て、誰かが叫んだとき、その声は爆音にかき消された。音と共に峰褌子の後ろの壁が崩れ、瞬間的に壇上に煙が舞う。爆風が煙を吹き飛ばしながら、壇上の峰褌子を襲った。峰褌子の深くスリットの入ったドレススカートが、勢いよくたなびいた。その場にいた全ての人間がそのスカートの中身を目撃し、凍りついた。そこにはあってはならないものがあったからだ。

そこにはパンツが、レースのついた真っ赤なパンティが、あった。

若い闘士から数々の修羅場をくぐり抜けた闘士まで、皆等しく動揺した。閉鎖された空間で、それは伝染して拡散、反射して共振した。呆然とする者、怒り出す者、涙を流す者、その中でひとりだけが笑っている。

「私はパンツを穿いたけど、変わらず皆を愛している。愛している物が増えただけ」

峰褌子の後ろの壁に開いた穴から、男が現れる。混乱した闘士達の対応が遅れる。男が空に向かって発砲し、その銃口を峰褌子に向けて、闘士達を牽制する。闘士達をかきわけて、男が、ルパンツが前に出てくる。縄は既にほどかれている。ルパンツが壇上に上がる。峰褌子を抱きかかえるようにして立つ。再び、爆発。天井が崩れ、壇上は瓦礫で埋まる。ルパンツと峰褌子の姿はその中に消えた。


「それが、あの夜に起こった事の全てだ。計画をぶち壊した犯人が逃げ、闘士が一人裏切った。だが、その日から褌革命闘士の崩壊が始まった。峰褌子に影響されて離脱するもの、作戦の失敗を上層部責任として反乱を始めるもの。やがて上層部にも峰褌子シンパが現われてからは早かった。今や、褌革命闘士に組織的な行動は不可能だ。せいぜい集会で世間話をするのが関の山。全ては終わった……これが全てだ。私が知る、全て……さあ、約束だ。報酬をくれ」

長い話を終えると、椅子に座った男は、目の前に立つ男を睨みつけた。男の側に立つ、黒いロングコートを着た男は、ポケットに手をやると丸めた布と瓶を取り出し、目の前のテーブルの上に置いた。椅子に座っていた男は、腰を浮かせて、テーブルの上を確認し、瓶に目をやった後、コートの男を上目遣いに見た。酒はサービスです、とコートの男が付け加えると、男は瓶のふたを開けて、中の液体をあおった。酒の臭いがあたりに満ちる。そして、ひったくるように丸めた布――白いパンティを取り上げ、まじまじとそれを見つめる。

「ではこれで」

その声で、座っていた男は我に返り、慌ててパンツをポケットに入れた。それでもコートの男が見えなくなるまでずっとポケットの上に手を置いていた。


【6】探偵スキャンティ・スキャニングの冒険


「思い出した」

ずっと喋っていなかったマスターが声を出した。

パンツ探偵、通称スキャンティ・スキャニング。デスパンツ事件に対して警察に協力し、脚光を浴びる。独自に研究したパンティプロファイリングにて、犯人の残した小さなパンツからも犯人を分析するスペシャリスト

男――探偵は、無言で笑みを返した。

「……そういえば昔、天才高校生探偵と騒がれていた子がいたわね。たしか、イジリドール・スキャニング」

「よくご存知ですね。私が高校生探偵として騒がれたのは、たった一度です。あのルパンツと対決した奇畔城事件のときに」

パンティラヴァーズ煙草を灰皿に押し付け、新しい煙草を手にした。その様子を、探偵は目を細めてじっと見つめている。しばらく無言の間があった。店内にはマスターミスパンティラヴァーズだけになっている。探偵の話が再開される。


私がミッシングパンツ事件を知ったのは、休暇先の無人島から帰還した後でした。パンツが返還され、人々がパンツ概念を失ったことに気づき、人々が文献や記録からパンツを取り戻し始めた頃、そのとき既に世界は決定的に変わってしまっていた。パンツという概念の再構築。新しい世界では、紳士が懐から取り出したパンツで汗を拭く。パンツを頭にかぶる野球少年達がいる。花粉症マスクの変わりにパンツを付ける青年がいる。安眠する為に目にパンツをかぶる主婦がいる。パンティを頭にかぶることが、バンダナを巻くぐらいのダサさである世界。私達の世界は変質してしまった。

私は決意しました。かつて敗北した相手と再び戦うことを。私にはパンティプロファイリングに加えて新しい武器がありました。それは技術ではなく、ただ現象というのが正しく、私はその現象にパンティアーカイブスと名付けました。私にはパンツを穿いていた人間記憶が視えるのです。

私は知り合いの記憶を読み、あの映像の内容を知り、その人からパンツ概念消失していることに気づきました。それから、事件の裏にある組織について調べ始め、峰褌子の存在を知ります。峰褌子は裏の世界では派手に活動していたようですが、褌革命闘士との繋がりは巧妙に隠されていました。隠されているものこそが重要である。私の師にあたる言葉に互い、いわば峰褌子が見せていないものを探っていったのです。

そしてついに褌革命闘士に辿り着きました。そのとき既に褌革命闘士は内部崩壊によりズタボロになっていました。私は、元褌革命闘士幹部の男と接触し、事件の真相について知りました。しかし、肝心のルパンツがどこに消えたのかについては、謎のままでした。それから、私の旅が始まりました。目的は、ルパンツが返還したパンツを探すこと、そしてかぶること。盗んだパンツの中には必ずルパンツが穿いた物があるはず。彼は気に入ったパンツを試し穿きする癖があったからです。それは気の遠くなる作業でした。飛行船から降ったパンツは約十億枚。私は、私に出来うる限りのパンツを穿きました。そして、ついに彼の記憶をはらんだパンツを探し当てたのです。

フランスノルマンディー。エトルタの海岸にそびえ立つ、巨大な針の形をした岩。奇畔城。かつて、ルパンツがマリー・アントワネットパンツ発見し、その後隠れ家として利用した城。私が初めて探偵としてルパンツと対決した舞台です。彼を追って、私は再びこの城にやってきました。彼の履いたパンツがおぼろげに持っていた記憶は、ここで終わっていました。かつて、私達は彼を追い詰め、奇畔城の秘密を解いたつもりでいた。彼との最後の邂逅、彼自身が、まるで自分のものを誇るように私に奇畔城の説明をした。果たして、それが全てだったのか?

私は、再び奇畔城に入りました。私がパンツから受け継いだ彼の記憶により、あのとき、辿り着けなかった奇畔城の最奥部に足を踏み入れることができたのです。しかし、私が、そこで見た物は、私の想像を超えるものでした。

私が辿り着いたのは奇畔城の針の先に当たる大きな部屋でした。その部屋の岩壁いっぱいにはパンツが飾られ、壁にパンツへの道がつけられています。それは自然を利用したコレクション・ルームです。私は目的を忘れ、しばし見とれました。それからは取り憑かれたように調べ始めました。そこは宝の山でした。パンティの始祖、古代ギリシアパンティアヌスオリジナルパンツや、使徒サニタリのシヨツが広めたフルバック中世マリー・アントワネットの赤・黒、ジャンヌ・ダルクのアンダーアーマー……それらの歴史価値は計り知れません。そしてあの日盗まれた大量のパンティと共に峰褌子のパンティもあったのです。


ミスパンティラヴァーズが、探偵を見た。彼女の顔から表情が消えるのを、探偵は静かに観察した。やがて、無防備な顔を探偵にさらしたのを恥じるように、視線をそらした。探偵は気にとめないかのように話を続ける。

「そして、私が峰褌子のパンティから彼女の出生の記憶に触れたとき、突然激しい揺れに襲われ、私は床に倒れました。奇畔城が揺れていました。振動は続き、やがて天井が崩れ始めました。天井から光が漏れたと思ったとき、その穴に向かって、ものすごい風が吹き上がりました。その風はまるで意思を持つかのようにして、その部屋にあったパンツを全て巻き上げていったのです。私が手に持っていた峰褌子のパンティも一緒に。私が命からがら外に出て見たものを、私は一生忘れないでしょう。

奇畔城にとりついた巨大な竜巻が、大量のパンティを巻き上げていました。空に舞う色とりどりのパンティが、まるで天に帰って行く天使のように見えました。そして風により空を覆っていた暗雲が割れ、天使達はその中に消えていったのです」

探偵パンティラヴァーズを見た。パンティラヴァーズ探偵を見つめている。

「これで私の話は終わりです。今度は、あなたの話を聞かせてください。ミスパンティラヴァーズ、いやアルセーヌ・ルパンツ・一朝」


【7】ビューティフル・ネーム


「何の、話かしら」

「あの日、峰褌子と共にルパンツは褌革命闘士から身を隠した。奇畔城にコレクションを隠し、自分は峰褌子と共に別の場所に逃げるつもりだった。だが、峰褌子はそれを良しとしなかった。褌革命闘士の組織が崩壊しかかっていることに気づいた彼女責任を感じ、姿を消した。そして、あなたは彼女足跡を追って、再び奇畔城へ。しかし、そのとき既に奇畔城は謎の竜巻に襲われた後だった。半壊した城、奪われたコレクション。あなたは絶望した。私はあなたの気持ちを想像してみる。あなたは峰褌子に復讐されたと感じたのではないでしょうか。峰褌子が、自分から褌と仲間を奪ったあなたに復讐する為に、あなたからパンツを奪ったのだと。絶望したあなたは流れる。それから十年もの間……やっと見つけましたよ」

探偵は、ミスパンティラヴァーズを見つめている。

「先ほど、私のことをイジリドールと呼びましたね。当時ルパンツと対決した高校生探偵名前は、結局発表されませんでした。イジリドールという名前を知っていて、高校生探偵と結びつけられるのは、当時の警察関係者か、怪盗アルセーヌ・ルパンツだけなんです」

しばしの沈黙がある。それを破ったのはミスパンティラヴァーズ……ルパンツの優しい声であった。

「懐かしい。全てが、懐かしい……久しいね、イジリドール君」

お久しぶりです。ムシュ・ルパンツ」


探偵ルパンツを見つめている。ルパンツは、その視線を避けるようにグラスの氷を揺らしていた。

「君の言うとおりだ。俺は全てを失った。女に振られ、命より大切な宝も失った。君の言うことが真実なら、俺のパンツを奪ったのは、褌子でも褌革命闘士でもないわけだ。大自然が相手なら、諦めもつく。だが、もう遅い。全ては終わってしまった」

「何が遅いんですか。あなたらしくもない。全てが終わったのなら、なぜあなたはパンティラヴァーズを名乗り、そんな格好をしているんですか。その長い髪、赤いドレス煙草、全部、私が知る峰褌子と同じ。あなたは待っているんだ。いつか峰褌子が帰ってくるのを未練がましく」

ルパンツは答えず、自嘲の笑みを浮かべながらグラスに新しい酒を注ぐ。そのグラスを奪い取り、探偵が一気に飲み干して叫ぶように言った。

「遅くなんかない。私は空に消えたパンツを見て考えたことがあります。数十年前、世界中パンツが降ったのをあなたは知っているはずだ。あの現象について、なぜか公的な記録は残っていませんが、パンツが降ったのは事実だ。あの大量のパンツはどこからきたんでしょうか?もしかして、奇畔城から消えたパンツは、いやそれだけじゃない、ミッシングパンツの日、あなたに荷担した者達が盗んだパンツも、同じように消えて、それらは過去に行き、もう一度空から降ったのではないか」

ルパンツは、新しいグラスに伸ばした手を止めた。

「もし、そうなら。私が最後まで読めなかった峰褌子のパンツ過去に降ったはずだ。ルパンツさん。あなたは今でも持っているはずだ。生まれて初めて手に取った『一朝』と書かれたパンツを。ですが、シスターマリアは間違えていました。彼女漢字を知っていたが、読む順序を間違えていた。横書きは左から読みます。だから『一朝』ではなく『朝一』。そして、そのパンツには文字がかすれて消えてしまった部分がある。おそらく、そこには『朝子』と書いてあった。そして峰褌子の本当の名前は……朝子。何故、彼女自分パンツを奇畔城に置いたのか。それは、きっと、あなたに」

探偵言葉を切った。ルパンツは無言で探偵を見つめている。

「そのパンツを貸してください。彼女記憶を最後まで見れば、彼女の本当の気持ちも、現在彼女の居場所のヒントも、みんなわかるかもしれない。まだ遅くなんかない。おねがいです。私は、そんなあなたを見ていたくない」

探偵の熱を帯びた言葉は、探偵の顔にふわりと載った布に遮られた。探偵がそれを手に取る。それは、綺麗にアイロンがあてられた、純白のパンティだ。かろうじて、「朝」という文字だけが読める。それを投げたルパンツは、既に酒場の出口の前に立って、探偵に背を向けている。

「それは君に預けよう。ただ君の手をわずらわす必要はない。君が探偵であるように、俺は泥棒だ。欲しい物は盗む。朝子、というのか。とても、美しい名前だな。必ず手に入れなくてはならない。そう、思えたよ……ありがとう」

去っていこうとする怪盗を、探偵は立ち上がると、声を張り上げて呼び止めた。「一つだけ!」

「一つだけ、教えて下さい。ミッシングパンツは、何なのですか。世界各地のパンツ窃盗グループへの働きかけ、褌革命闘士によるパンツテロリズム。それだけじゃあない。私はあれに、人間の小細工では計り知れない何かを感じた。あの時間を飛び越えた竜巻のように」

怪盗が振り向く。その碧い瞳が探偵を捉えた。

「俺もそれを、ずっと考えていた。そして、俺の出した答えはこうだ。あの日、世界中の全ての人間パンツを履くのを忘れ、世界中の全てのパンツ泥棒が、パンツを盗んだ。一つになったんだ。パンツを通して、皆の心が。俺は、そう思う。さらばだ。スキャンティ・スキャニング。見事だった。だが、その預けたパンツ、いずれ俺は盗みにいくぞ」

そして怪盗は風のように消えた。遠くでいつか聞いた高笑いが聞こえたような気がした。

探偵は、カウンター椅子に座り直し、空のグラスに酒を注いだ。いつのまにか、店内に流れていた音楽が止んでいた。探偵は、ルパンツから預かったパンツを手に取って呟いた。

「もう、バラードはたくさんだ……何か、優しい曲が聴きたい」

そして、探偵は手に取ったパンツをかぶり、目を瞑る。やがて、探偵の指がカウンターを叩いて静かにリズムをとりはじめる。そのパンツから流れてくる、優しい音楽に耳を傾けながら。



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