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2010-02-15旦那は伊藤

エスパー魔美クロニクル

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まだ、私に力が残ってる? せめて今もう一度だけ……。

魔美はコートのポケットの中で、中指と薬指だけを折りたたみ、強く念じた。しかし、やはり何の反応もない。コツコツとアスファルトを鳴らす足音は、どんどん魔美に近づいてくる。

深夜の住宅街は静まりかえっている。ここまで人と出会っていない。家に帰り着くまで、多分誰とも会わないだろうと魔美は経験的にわかっていた。家にはあと10分も歩けばたどり着く。ただ、誰もいない家に足音の主を連れて行くことになる。

足音は駅からずっとついてきていた。魔美が立ち止まれば足音も立ち止まり、魔美が足を速めれば足音もせわしなくなった。足音を聞く度に、魔美は心臓を締め付けられるような気持ちになった。魔美はひどく怯えている自分を認めた。

かつての自分なら、恐れはしても、それに立ち向かっただろうと魔美は思う。しかし、今は、無理だった。

魔美の超能力は妊娠を境になくなっていった。まるで娘の魔希に吸い取られたように。魔希が物心つくころには完全に消えていた。

幼くして超能力を発現した魔希に魔美は熱心に制御方法や心構えを教え、能力の限界を可能な限り調べた。かつての自分がそうやって超能力を自分のものにしていったように。それは純粋な喜びもあり、自分に無くなってしまった超能力を魔希に追い求めるような気持ちもあった。そして、それを通して、かつて自分が最も楽しかった時代を思い出していたのかもしれない。




助けて。高畑さん!

魔美の頭に浮かんだのは、別れた夫ではなく、かつての友達、あの聡明で優しい少年の顔だった。彼が今どこにいるのか、魔美は知らない。彼がアメリカで博士号をとった年、魔希の出産を祝いに来てくれた日から会っていない。むしろ、魔美の方で、意識して会わないようにしていた。

彼がアメリカで才能を生かし始めるのと反対に魔美の超能力は弱まっていった。それは彼のせいではなく、不思議な愛犬コンポコがいなくなったときから始まったのかもしれない。

コンポコは魔希が生まれる少し前、嵐の日にいなくなった。魔美は必死で探したが、見つけることはできなかった。

そうやって、1人と1匹の親友をなくすことで、魔美は自分がどれだけ彼らに支えられてきたのかを知った。魔美はその時、既に高畑への愛情に気づいていたが、テレポートで海を超えることもできず、それを試すこともできない自分に気づき、そんな自分が彼とは釣り合わないと感じるようになった。超能力は彼女を歪ませることはなかったが、知らず彼女のアイデンティティとして大きなものになっていたのだった。

それでも魔美は寂しかったのだ。そして美大のサークルで出会った前夫の優しさと絵の才能に惹かれて結婚した。それは概ね幸せな生活だったと言える。だが魔希の超能力の発現は二人の関係に変化を生じさせた。魔美は超能力について夫に話していなかった。もう困った人々の声はほとんど聞こえなくなっていたし、はっきりと物を動かす力もなかった。それについて説明する必要はないと思っていた。夫に超能力について話さない本当の原因について、当時の魔美は自分でも気づいていなかったが、今になっては、それこそが二人が別れる原因だったのだと魔美は思う。


急ぎ足で歩いていたつもりでいたが、足音は直ぐ近くまで来ていた。気配を感じて、魔美が振り向いたとき、1メートル程の距離に、一人の男の姿があった。襟が汚れた白いカッターシャツ。ぼさぼさの髪。シャツやパンツは絵の具のようなものが飛び散った汚れがついている。

反射的に目をそらし、前に向き直ろうとした魔美に、男が早口で声をかけた。

「あ、あなた、佐倉魔美さんですよね、さ、佐倉画伯のむ、娘さんの。ああ、す、すみません。僕、近藤と言います。さ、佐倉画伯のだ、大ファンで、画伯の絵は、全部持ってます。もちろん全部複製ですけど。そ、それでも特に、あの連作『少女』は傑作です。僕は、小さい頃からあの絵が大好きで、どれだけ癒されてきたことか」

男は、最初はたどたどしく、しかし絵の事になると饒舌に、喋り続けた。昔の魔美なら、素直に父親の絵が認められていることに喜びを感じたろうが、今の魔美は、口許にしまりのない笑いを浮かべ、喋りながらじりじりと近づいてくるこの男が堪らなく気持ち悪かった。怖かった。直ぐに逃げ出したかった。だが何をするかわからない男を刺激することは避けたかった。魔美はじりじりと追い詰められていく。


背中にゴツゴツしたブロック塀を感じた。いつの間にか、狭い路地の曲がり角の所にいる。後ろにあるのはこの辺りでも有名な豪邸で、ぐるりとブロック塀で取り囲まれている。

魔美の直ぐ一、二歩の所に男がいた。男の一方的な演説は、父親の絵への賞賛から、魔美そのものへの賛美にかわり、彼の興奮は今や最高潮になっていた。男は顔を真っ赤にし、歓喜の声をあげて唾を飛ばした。

「ああ! あなたは、やはり、未だ少女のままだ! あの絵のままだ! 20年経って、僕は、こんなになってしまったのに! 君は! 君だけは! ずっとずっと美しい! 君は、永遠の魔女だ!」

「やめて!」

男を突き飛ばし、魔美は逃げた。「どうして……」という男の呟きが、獣のような咆哮に代わり、魔美を追った。魔美はもうどこに向かっているのかもわからず、無茶苦茶に走った。魔美の脳裏に、中学生のときに体験した事件の数々が思い出される。解決した場面ではなく、対峙した恐ろしい人間達の顔や目が思い出され、魔美は恐怖に包まれた。

「やめて! もう嫌!」

鈍い衝撃が魔美を襲った。視界が暗くなる。

(私は魔女じゃない。わたしは、超能力なんていらなかった……私は……)

鉄パイプのようなものを握りしめた男が道に倒れた魔美を見下ろす。男はしばらくブツブツと何かを呟きながら、魔美の周りを回っていたが、遠くから聞こえてきた犬の声に、びくりと体を震わせると、気絶した魔美を引きずって歩き出した。そして、すぐ近くの薄暗い公園、その芝生の中に、魔美の身体を連れ込んでいった。


魔美が目を覚ましたとき、男は魔美を跨いで、膝立ちになり、魔美の服を脱がそうとしていた。魔美は反射的に暴れ、足で男の腹を蹴った。男はバランスを崩して、地面に尻餅をつき、魔美は素早く立ち上がって男と距離をとった。着衣を確認する。スーツの上は脱がされているが、シャツは上二つのボタンを外されただけだ。それでも嫌悪感で肌が粟立った。

魔美は男を睨みつけた。

男は魔美の目を見て、怯えたような顔をしたが、ブツブツと呟きながら立ち上がった。立ち上がった男の目には、再び暗い炎が宿っている。

「違うんだ。ぼ、僕は芸術を見たいだけなんだ。芸術を見て、取り込んで、僕の中にも芸術を宿したい。僕にとって君が芸術なんだよ! ねえ、お願いだから、僕にも芸術をくれよ。君の芸術を分けてくれよ……」

「私は芸術なんかじゃない! 芸術は、そんなものじゃない! パパの絵を見て、あなたは何を感じたの!」

魔美は喋りながら、何故か、気持ちがあの頃に戻っていくのを感じた。懐かしい感覚が、魔美を包んでいく。

近づこうとした男を、魔美は右手をあげて、指さす。指をさされた男はぴたりと動きを止めた。

魔美は男を制したまま語りかける。

「私は魔女じゃない。魔女じゃないけれど、ずっとあなたみたいな人と戦ってきたわ。怖くなんかない。そうよ。超能力なんかなかったって、あの頃の私は、きっと戦ってた。それに、私は力なんかなくても戦っていた人を知ってる。私は死にものぐるいになるわ。あなたみたいに、弱い心にふりまわされて、弱い人を襲う人になんか、負けない!」

魔美に気圧されていた男は、魔美が震えている事に気づき、にやりと笑みを浮かべた。魔美の心の中の恐怖をあざ笑うかのように。

かまわず魔美は、男に向かって駆けた。そして握り込んだ拳を男に向かって伸ばす。

拳は男に届かなかった。しかし、男は、身体をくの字にして、後ろに吹き飛んでいった。そして、公園の木にぶつかって、さらに木を2,3本なぎ倒したところで、地面に落ちた。男は完全に木を失っているようだった。

魔美はそれを、ぽかんと眺めた。そして、はち切れそうだった心臓の音がおさまったとき、懐かしい声がふたつ、同時に聞こえた。

「大丈夫か魔美君!」

「ママ!」

空中に少女と男が浮かんでいた。男は少女の腰にしがみつくようにしているが、少女は平然としている。魔美は叫んだ。

「魔希!」

少女は地面に降り立つと、魔美に走り寄って抱きついた。魔美はさっきまで立っているのがやっとだったが、娘のしがみつく力の強さを感じ、娘が泣いている事に気づいて、母としての力が蘇ってくるのがわかった。優しく娘の頭をなで、そして、近づいてきた男に視線を向けた。

「高畑さん……」

男は、あの頃と同じように優しい笑顔で立っていた。

「危ないところだったね。魔美君」

その言葉を聞いて、魔美の目から涙が流れた。


気絶していた近藤という男はそのままにして、魔美達は家に帰ることにした。魔希が近藤の心を少しだけ読み、彼がそれほどの悪意のない人間だと判断した。今、近藤は、彼が熱意と夢を持っていた頃の夢を見ている。

「そう……魔希はあなたの大学にいたのね」

帰り道、魔美は、高畑と魔希から話を聞いていた。

魔希の親権は夫にあった。魔希は、夫と共にアメリカに渡っているはずだった。

「電話で面白い先生がいるって言ってたの。それが高畑さんだったなんて驚きだわ」

「僕だって、驚いたよ。まさか、君の……娘さんとアメリカで再会するなんてね」

高畑のしゃべり方は穏やかで、かつての面影をそのまま残していた。

「あたしの方が驚いたわ。だって、高畑さんがママと知り合いだったなんて」

高畑と魔美の間で、二人に腕をからめている魔希が、嬉しそうに二人の顔を眺める。

「僕が講義中に超能力の存在について話した事があったんだ。そしたら『そんなもの絶対にない!いい加減な事を先生が言うな』って怒った生徒がいて、それが魔希君だったんだ。あのときは困ったよ。僕はそのとき精一杯説明したけど魔希君は満足しなかった。それから何度も僕の所にきて、超能力は存在するかどうかの議論をふっかけてくるんだ」

「ごめんなさい……」

魔希が恥ずかしそうにうつむいた。

高畑は笑って言った。

「それでもどこか憎めなくてね。必死に資料を集めてくるんだけど、どこか抜けてて、僕が論旨を修正したりね。それに僕の部屋を勝手に片付けようとしたり、栄養が偏ってるとか言ってご飯を作りにきたり、おっちょこちょいで、お節介な誰かにそっくりで」

「「悪かったわね」」

魔美と魔希の声が重なり、高畑は嬉しそうに笑った。次いで、ふたりの笑い声が続く。

「魔希君は、君の超能力の事も知らないようだった。君は魔希君の記憶と超能力を封印してたんだね」

魔美はうなずいた。

夫と別れるとき、魔美は、魔希の超能力を封印した。幼い魔希にテレパシーで「超能力が存在しない」という暗示を与えた。魔希が自分一人でも力を抑えられるように。それはタイミング的に、魔美の最後の超能力だった。

「君の暗示のせいで、魔希君は超能力そのものを忌避するようになっていたんだね。でも、あるとき魔希君と僕が事件に巻き込まれた。大学で起きた銃乱射事件。その銃の弾で、魔希君はテレポートの能力に目覚めたんだ」

「あのときは無我夢中で、わけがわからなかったの。高畑さん……先生が撃たれそうになって、早く逃げてって強く思ったら、先生が犯人の上から落ちてきたの」

「昔、魔美君に言われたとおり、僕の体重は順調に増え続けていたんだけど、それが役に立ったんだよ」

自慢げにお腹をさする高畑を見て、魔美は笑った。そして、魔希の頭を抱える。ありがとう。大切な人を守ってくれて。

「君の意思と反する事はわかっていたんだけど、僕は魔希君の能力開発に手を貸していくことになった。ごめん」

「ママ、高畑さんに私が頼んだの。私、高畑さんがいなかったら、この力をどう使ったらいいかわからなかった。今回のことだって」

魔希は心配そうな顔で魔美を見上げた。魔美は娘に笑いかけた。

「いいのよ……ありがとう。いずれ魔希は力に目覚めただろうし、そのときあなたみたいな人が近くにいてくれて良かった」

「そう言ってくれると助かるけど……最初は行きがかり上、でもいつからか僕は喜んで魔希君に力を貸していた……まるで中学生の頃に戻ったみたいだった」

しばし無言で歩いた。前を向き、黙って歩く二人を、魔希が不思議そうに眺めていた。

「魔希君の力はすごいよ。今回だって、僕たちはアメリカから来たんだ。地球の裏側の君の危険を感知して、数十回のテレポートで、ここまで来た」

魔美は驚いた。そんな力は自分にはなかった。魔希が背負うものは自分より遥かに大きいのかも知れない。

「でも、あたしだって、今日が初めてだよ。こんなに力が出たの」

魔希が不安そうに言った。魔希も自分の力が信じられないようだった。

黙り込んだ二人を見て、高畑が声を出した。

「ただ今回の場合は、魔美君の力が関わっているのかもしれない。魔美君が魔希君を呼びよせる力と、魔希君が魔美君の所に行こうとした力、そのふたつの力の相乗効果で、潜在能力以上の力を出したんじゃないだろうか」

「そうか、ママがあたしを呼んだのね」

そうだったら良いなと魔美は思う。知らず、自分が一番会いたかった人を呼び寄せたのかもしれない。もちろん、魔美は自分の力が消えたのを自覚しているし、魔希が強力な力を行使できたのは事実としてある。だが、高畑に説明してもらうと、安心できた。それは娘も同じようだった。


「じゃ、ここで。また明日、お邪魔してもいいかな。パスポートも無しに来ちゃったから、どうやって帰るか相談しないと」

「ごめんなさい。本当にありがとう」

魔美が頭を下げると、高畑はかまわないよと笑った。

魔希が嬉しそうに高畑に抱きついた。

「また明日ね、高畑さん」

「魔希!」

アメリカ式にそまってしまったのかしら、と不思議そうな魔希をひきはがしながら、魔美は思った。

それでもきょとんとした顔の魔希を見て、自分が少し嫉妬しているのに気づいた。魔希が、彼を高畑さんと呼んだのに抵抗があった。帰り道、何度も魔美は、魔希とかつての自分の姿を重ねてみていた。

この子は気づいているのかしら、自分の思いに。私は気づかなかった。エスパーだったのに。私だけが、私の恋を、未確認だった。

それでも、去っていく高畑の背中を見ながら、魔美は自分の中に暖かいものが満たされていくのを感じていた。

隣を見ると娘も同じように高畑を見つめている。

「今度は逃がさないわ」

ライバルはできたけどね。

そして魔美は右手を銃の形にして、高畑に向ける。そのとき高畑が何かにつまづいたようによろけた。




とても幸福な気持ちで目が覚めた。

のだけど、頭が覚醒していくにつれ、たまらなくはずかしくなってくる。

聡明で優しい少年? 

今度は逃がさない?

ぼくは自分で何を言ってるんだ。言わせてるんだ。いくら夢だって……いや、夢だからか? 

もしかして未来予知が夢になって現れたとか……いや、やめよう。そんなわけない。これは単なる無意識の欲望だ。でも何て微妙な設定。なんでわざわざ彼女を一度別の男と結婚させて大学生の娘まで用意した上で自分と恋愛させるなんて……しかも十代の娘との微妙な三角関係まで作ろうとしている節があるし……ああ、だめだ。こんなことを考えてると、胸の辺りがもやもやして酸っぱいような気持ちになる。

でもこのもやもやは、今日一日は晴れそうにない。

ぼくは、ベッドから置き出し、バットを持った。

気分が晴れるまで素振りしよう。よし、今からは野球のことだけ考える!

すると、突然背中にずっと重いものが現われて、ぼくは畳に押しつけられる。

首をひねり、なんとか後ろを見ると、彼女がいた。

「き 君は」

ノックぐらいしろと言おうとして、彼女がとびついてきたので、何も言えなかった。反射的に夢を思い出して顔が赤くなる。そんな僕の気持ちも知らず、彼女はいつものように大きな声で叫ぶ。

「大変なの! すごい夢みたの。もしかして予知夢かも……って、あら、顔が赤いわよ。高畑さん。熱でもあるんじゃない? 大丈夫?!」






エスパー魔美 1 (藤子・F・不二雄大全集)

エスパー魔美 1 (藤子・F・不二雄大全集)

sasuke8sasuke82010/02/15 23:24名前が統一されてなかったので修正しました。
×魔季 
○魔希

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