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2010-09-16一点突破が心情です

奇剣・斜星(はすぼし)

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虚間流の貴島新太郎が師範代であった頃、丹生郡杉村を訪れることがよくあった。

貴島家は、藩に召抱えられたれっきとした武士であったが、身分は下士であり、さらに貴島家の抱える虚間流道場の維持など、経済状態は決して裕福ではなかった。そんな中、道場の師範代以上の剣士による、農民や町人相手の剣術指南は、重要な資金源となっていた。


貴島新太郎は、刈り入れの終わった田んぼを借りて、数人の力自慢や、周辺の浪士に対して、剣術指南を行っていた。指南と行っても、教えるのは虚間流剣術の初歩までである。

その剣術稽古田んぼの端で見つめるひとりの子供の姿があった。

貴島は、子供が虚間流剣術を覚えるのを快く思わない。虚間流剣術子供に扱えるものではないという信念がある。

貴島は子供に近づいた。余所で遊ぶように注意する為である。

しかし、貴島は、その子供を見て、驚いた。

子供は見様見真似で、虚間流の稽古をしていた。

貴島はしばらくそ子供の様を見つめた後、声をかけた。

坊主、名は」

子供は涼しげな顔で答えた。

「惣太」

「惣太は剣の天稟を持っているな」

「てんぴんって何?」

「お前は強くなるということだ」

貴島はこの子供を連れ帰り、虚間流道場に住まわせる。

貴島は、後に、このときのことを次期跡目となる水野春郎太にこう語っている。

「惣を最初に見たとき、おれは雷に打たれたかのように動けなかった。虚間流に先があるとするなら、奴が創るだろう。奴の才には未来がある。神速自在の剣。あれは、人の域を外れている」

貴島新太郎がここまで弟子を褒めたのは後にも先にもこのときだけである。




1


山に向かう田んぼのあぜ道をひとりの侍が歩いている。

侍は人が入るような大きな行李を背負っているが、足取りは軽い。

あぜ道を抜けると、鬱蒼とした森が姿を現した。この森が、山の入り口である。獣道のような頼りない道が後に続いている。

侍は迷わずに奥に進んだ。

やがて、少し森が開けたところに、小さな祠があった。祠から先、道が坂道になっている。

侍は祠の前に屈み、手を合わせた。祠の中には地蔵様が据えられている。

「うう……」

そのとき、近くでうめき声が聞こえた。

侍が後ろに回ると、男が祠にもたれかかるようにしてうずくまっている。

大丈夫ですか」

侍が声をかけると、男は驚いて座ったまま後ずさった。

男は汚れた黒い着物を着ている。左腕の袖に血が滲んでいた。

侍は男に手をさし出しながら言った。

「拙者は怪しいものではありません。この山を根城にする山賊を殲滅せよとの命を受けて参りました。もしやその傷は山賊に?」

侍に害意が無いと判断したのか、男は侍の手を取り立ち上がった。

背は高い。黒い着物は泥で汚れているが、腰には大小がささっている。

「かたじけない。わたしは恵心と申します。ご覧のとおり、貧乏浪士です。仰るとおり、この傷は山賊にやられました。恥ずかしながら、先ほど、山を越えてこちらに向かう途中に山賊に襲われ、命からがら逃げてきた次第。この山は、かねてより、近道として利用していたのですが、まさか賊が住み着いていようとは……」

侍はうなずいている。

「どうやら、ここ一年のことのようですね。輩をまとめる頭がいるようで、この山を拠点に、付近の村々を襲ったり、街道側に降りて、商人武士を襲ったこともあったようです。とうとう藩も見過ごせなくなり、わたしが命を受けたというわけです」

「……失礼だが、あなたはおひとりですか?」

「はい」

「ならば止めておいた方が良い。わたしが直接見たのは5、6人程ですが、弓で狙ってきたものもいました。砦にはもっといるかもしれない」

「砦? あなたは山賊アジトを知っているのですか?」

恵心と名乗った男は、侍の勢いに押されたのか、少し戸惑いながら答えた。

「実は、わたしが襲われたのはその砦に近づいたからなのです。いつもの道から外れたところに道がついているのが気になりまして、そちらに行った所、山賊の砦に行き着きました」

「ほお」

興味深そうに話を聞いていた侍は、懐からこの山の地図らしきものを取り出して、恵心に見せた。

「どの辺りか、わかりますか?」

恵心が説明しながら指で指し示すのをうなずいていた侍は、話を全て聞くと、地図を懐にしまった。

「大体わかりました。ありがとうございます。何とかなりそうです。では」

そう言って、山に向かおうとする。

恵心は慌てて、

「ほ、本当におひとりで行かれるのですか?」

と聞いた。

振り向いた侍ははじめはきょとんとした顔だったが、やがて笑顔を浮かべて、

大丈夫でしょう。なあに、敵わなければ逃げてきますよ」

と言った。

恵心は、まだ心配そうな顔をしながらも、少し頬を緩めて言った。

「……どうやら、ずいぶん腕に自信がお有りの様だ。さぞかしお強いのでしょうな。失礼ですが、貴殿のお名前と流派を教えていただけますでしょうか?」

侍はにっこりと笑って言った。

「拙者は早杉惣右郎と申します。虚間流の師範代をしております」



2



早杉惣右郎が山に入って、一刻が過ぎた頃、恵心もまた山に登っていた。

やがて、恵心の目の前に平地が現れた。

道は真っ直ぐ続いているが、右手にも草が踏み固まった別の道が続いている。

恵心は右の道に進んだ。

しばらく進むと、空気に血の臭いが混じった。

恵心が見回すと、草むらに、二人、黒い肌に古い足軽胴を付けた男が転がっている。

山賊の見張りであろう。

恵心は、それらの死体に屈み込み、しばらく検分した後、先へ進んだ。

恵心の口許には薄い笑みが浮かんでいる。


ほどなく、恵心は山賊アジトに到着した。

山の斜面を背負うようにして、四軒ほどのあばら家がある。それらの周りをぐるりと、大人の胸ほどの高さの丸太の杭と板が囲っていた。

恵心は中央の、唯一囲いが開いているところから、中に入った。かつて門扉だった板は、壊されて中に転がっていた。

「おぉ」

恵心はおもわず息をもらした。

そこらじゅうで人が死んでいる。先ほど、見かけた死体と同様に、それぞれ薄汚れた着物足軽胴もしくは、獣の皮のようなものを身に付けて、手には刀や竹の槍などを持っている。

恵心は、先ほどと同じように死体の脇に屈み込み、それぞれが本当に死んでいるか確かめるようにして、調べていった。

奇妙な事に死体のほとんどが、喉や胸に刀が突き刺さっていた。斬られて死んでいるものも何人かいるが、ほとんどが刺し傷であった。恵心があたりを見回すと、家屋の屋根にも、何本か刀が刺さっているのが見えた。


恵心は一通り調べ終わると、一番奥の家に向かって歩き始めた。

一番奥の家はもっとも大きく、一段高く作ってある。

その家の戸口から、ひとりの男が顔を出した。

「また会いましたね」

早杉惣右郎であった。戸口の柱に体をあずけて立っている。その顔は、少し血で汚れていたが、先ほど、恵心が会ったときと、さほど変わず、疲れた様子もない。

恵心は驚いた顔で声を出した。

「これは……全て、あなたがひとりでやられたのか」

「まあ、そうです。あなたに教えていただいたことが役立ちました。なあに、たいしたことではありませんよ」

「しかし、凄まじいことだ……こんな」

「何か、こちらに御用ですか?」

恵心の世辞を止めるように、惣右郎は尋ねた。

恵心は、少し決まり悪そうに答えた。

「実は、先ほどは言いませんでしたが、賊に盗られたものがありましてね。わたしの商売道具なので、なんとか取り返せぬかとこうして、ノコノコ参ったわけです」

「それは、これですか?」

惣右郎は、左手に持っていた紙を見せた。

紙には空にしなだれかかるようにした半裸の女の絵が描かれている。

恵心は恥じるように、頭に手をやって、うなずいた。

「恵心殿は、絵を描かれるのですか。素晴らしい。わたしは、いままでこんな絵を見たことが無い」

「いや、お恥しい限りです」

「誇るべきですよ。これは……眼鏡ですね。なんとも、美しい。山暮らしで女ッ気の足りない山賊たちには、これは喉から手が出るほど欲しいでしょうね」

「お戯れを……ただの春画でございます」

惣右郎は、惚れ惚れとした目つきで、絵を眺めている。

しかし、近づこうとした恵心を、鋭く押し止めた。

「そこまで」

「は?」

「失礼しました。実は、まだ山賊の頭を捕らえてないのですよ。どうやら、わたしが来たときには砦にはいなかったようだ」

「なんと……では近くに」

「ええ……しかし、頭の姿形は、先ほど聞きました」

恵心の目つきが変わった。

惣右郎は、絵を懐にしまうと恵心に向き直った。

「頭は侍……黒い着物で背が高く、そして、この絵は頭が描いたそうです……頭は、あなただ」

恵心は、笑みを浮かべて、刀を抜いた。

「ええ……あんたは、なかなか"やる"男のようだ。斬るのにも、斬られるのにも相応しい……。俺は揺地知眼巳*1流の女鹿*2恵心。虚間流早杉惣右郎、死合って頂くぞ」


3


最初、虚間流の"鬼殺し"の貴島が来ると思って、わざわざ見張っていたら、無名の若造がひとりで来た。貴島であれば、あそこで仕合うつもりだったが、気分が萎えた。世間知らずの餓鬼は、身の程を知って死ねと、砦まで案内してやったが、まさか、こんなことになるとはな」

恵心は刀を正眼に構えている。だが、まだ距離がある。惣右郎は、まだ刀を抜いていない。

「あなたの手をとったとき、そこそこやるのはわかっていた。ただ、違和感があったのは、絵描きの手でもあったからか」

惣右郎が両手で刀を抜いた。右手に本差、左手に脇差を持っている。

「二刀流か。虚間流の噂は聞いている」

「噂どおりか、試されるがよかろう」


惣右郎が構えた。

(勝負は一瞬で決する)

恵心はそう感じていた。

しかし、負ける気はしない。

恵心は、惣右郎の二刀流がはったりであり、脇差は飛ばす為にあると見抜いている。

虚間流、斜星*3

その奥義の名前を、恵心は知っていた。奥義の為、詳細は知れぬが、流れ星の如き突撃であるという話を聞いたことがある。山賊退治を生業とする虚間流については、山賊の間では知らぬものはない。ただ詳細が知れぬのは生き残りが少ないからである。

さらに、部下である山賊たちの、刀が突き刺さったままの死体から、恵心は、惣右郎が剣を飛ばしたと見当をつけていた。惣右郎が背負っていた行李は、飛ばす為の刀が入っていたとまで見抜いている。

曲芸のような邪剣。されど、結果は、十数人の荒くれ供を全殺する威力。


恵心に侮りはなかった。そして、恵心には恐怖もなかった。

恵心の心は、剣を持つときだけ、かつて剣の頂を目指した頃の純粋な静けさに満ちた。自分をさし置いて跡目をついだ弟弟子と、弟弟子を選んだ師匠を斬り、山賊に身を落した今では、剣を持って向き合う事だけが、誇り高く、危うい恵心の心を支えている。

この心のまま死ぬ。

それが、恵心の目的であり、人生である。

恵心は無意識の内に笑っていた。

そして、惣右郎に向かって駆けた。


揺地知眼巳流の流儀は、先の後の先と言われる。

相手に先じて仕掛け、相手の反撃を誘って、その反撃を交わして刺す。

その奥義は目にある。揺地知眼巳流の開祖は、木々や実が、風に吹かれて揺れるのを、静止した絵の如く、見ることができたという。

その目が、惣右郎の奥義を捉えた。


惣右郎がゆっくりとした所作で脇差を持った左手を下腹部の位置まで落とした。

その緩慢な動作が逆に、危険を恵心に知らせた。

(この緩急に惑わされるな。この手の動きが止まったときに来る)

惣右郎の胯間が動いた。瞬間的に膨張し硬化した陰茎が左手の脇差の柄尻を神速で突き出す。陰茎に弾かれた脇差は、恵心に向かって目にも止まらぬ初速を持って飛び出していく。

(まさか!)

しかし、極限まで時間を縮めた恵心にさえ、相手の下腹部が光ったとしか理解できない。

並みの使い手であれば、下から斜に打ちあがる星に貫かれて絶命するであろう。

しかし、恵心は並の使い手ではない。

(タネがわかれば避けるは容易い)

自分の喉下に迫った剣を、ギリギリで交わす。恵心の首の皮一枚がそぎ落とされる。

そして、恵心はさらに己の周囲の時間を遅くさせる。相手の刹那を見逃さぬよう、その刹那自分の動きをあわせられるように。

斜星が奥義であるなら、それだけではないだろう。

これは斜星の初太刀。相手が弾くか、避けられたとき、その隙をつく、二太刀目こそが奥義。おそらくそれは右手の本差による斬撃であるはずだ。

ここで、裂帛の気合を込めて、恵心は叫んだ。

斬撃ごと、相手を斬る。

振りかぶった剣が惣右郎に向かって伸びていた。

恵心の達人としての感覚が初太刀での勝利を認識する。驕りではない。鍛錬と修羅場をくぐりぬけたことによる己への自信と正確な認識が、瞬時に状況を判断し、次の行動を可能にする。

しかし、そこで、恵心の視界は黒く塗りつぶされる。直後にまぶたに熱を感じた。

(目潰し!)

目潰しをされたという驚きよりも、自分がそれを全く認識していなかったことに驚く。同時に、その嗅ぎなれた匂いから、正体を知る。

(これが斜星の二の太刀!)

起つと射つ、あの男はそれを同時に行ったのだ。

(まさしく奇剣よ)

恵心は即座にまぶたを開ける。目には到達していない。瞬時に目を瞑り最悪の事態は脱した。

目の前に、変わらず惣右郎はいた。

いや、その右手が、下腹部に到達している。

再び、惣右郎の下腹部が光った。

(避けられぬ)

近すぎた。

師の言葉が蘇る。

「恵心よ。貴様は強い。されど、その自分の強さを、疑い続けねばならぬ。この世の何事も決めつけてはならぬ。貴様が『まさか』と思ったとき、貴様は負ける」

(瞬きほどの間に、二発、連続で勃てるとは……まさか、だ。世は広い)

恵心は死を悟った。


4


「何故、殺さなかった」

惣右郎は、無言で死体から刀を回収してまわっていた。

恵心は座ったままである。

恵心が死を覚悟した一撃は、恵心の刀を弾き飛ばした。その刀も、今や恵心の側にある。

「何故、殺さなかった」

惣右郎の背に、恵心は再度問うた。

惣右郎は答えない。

恵心は刀を持ち、立ち上がった。

馬鹿にするのか、貴様も。俺は武士だ。剣に生き、剣に死ぬ!」

つぅんという弾ける音がして、恵心が自身の首に当てようとした刀が飛んだ。

顔を上げた恵心の前には、振り向いて、斜星を打ち出した惣右郎の姿がある。

恵心は、べたついた胸元と首元を拭うと、膝から崩れ落ちた。そして、むせび泣いた。

惣右郎は、刀の回収を再開しながら、ぽつりと言った。

「負けていたのはわたしの方かも知れない」

「情けはよせ!」

「情けではないよ。恵心」

恵心を見下ろす惣右郎の顔に勝者の愉悦はなかった。

儚い。恵心は何故か、この若者がこのまま消えてしまうのではないかと思った。

最近、考えるのは、剣士の旬についてだ」

惣右郎は死体から刀を抜き、血を拭きとっては行李にしまう。

「わたしが剣を握ったのは十の頃だ。あの頃は力を持て余していた。虚間流を習い、自分の力が制御され、発揮されることは大きな喜びだった。師匠は、それを喜んでくれた。わたしは鍛錬を続け、人を、斬って、斬って、強くなった。だが、それから十余年。それはいつまでも続かないことを知った」

恵心は、かつての自分も同じような事を考えていたと思い出した。いや、今でも剣を持てば、いつまでも同じでいられるのだと信じているのかもしれない。

「かつて、師匠はわたしのことを神速勃起射精自在と褒めてくださったことがある。しかし、今では、火縄銃のごときだ。わたしが一番わかっている。今回も、奇襲のような形で数を減らしてからでなければ、山賊共にやられていただろう」

「ふん。俺は全盛期に遠く及ばぬお前に、負けたということか」

「いや、そうではない。わたしは全盛期の力でお前と戦った……これのおかげだ」

そう言って、惣右郎は、懐から、あの春画を取り出した。

「わたしはこの絵を見たとき、いいようのない活力を得た。この絵は、この絵の中の眼鏡女子が、わたしに、全盛期のような青い衝動をくれた。恵心。わたしがお前を殺せなかったのも、このせいだ」

惣右郎は全ての剣を回収し、恵心に向き直った。

その目は、ギラギラとした光を帯びている。

「恵心。力と供に失った剣士としての野望が、わたしの中にふたたび蘇ったのだ。この眼鏡女子のおかげで。どうか、どうか、わたしの為にこの絵を描いてくれないだろうか。そうすれば、わたしは」

惣右郎は、嘆願するように、恵心を見た。そこにはもう、それまで見せていた余裕はなかった。

恵心の中で何かが動いた。

恵心は立ち上がった。

そのとき既に心は決まっていた。

剣士としての恵心は今日、死んだ。後は、絵師として、自分が届かなかった最強の剣士を見届けようではないか。

恵心は今、そう思っている。



後に、早杉惣右郎は、虚間流免許皆伝を受けた後、貴島新太郎の許しを得て、不抜三界流という流派を興す。しかし、虚間流との交流も続いており、虚間流黄金時代の十人の剣客を表す回免十傑にも数えられている。貴島新太郎の仇討ちとして、虚間流の水野春郎太が参加した、駿府城駿河大納言の開いた変態大集合にも、付き人として馳せ参じた。

また、この奇妙な剣客は、女鹿根好過という名の異端絵師保護したが、この異色の春画は小規模な流行を引き起こすものの、一代限りで途絶えたと言われる。

早杉惣右郎は、91歳で死ぬまで現役であり続けたと、記録には残っている。




シグルイ 14 (チャンピオンREDコミックス)

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*1:ゆれちちがんみ

*2:めがね

*3:はすぼし

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