だって、思いついたから このページをアンテナに追加 RSSフィード

2010-10-19ビーズ( ̄\)じゃなくて、チーズ(どや顔のジャムおじさん)

LOVE PHANTOM

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真夜中、違和感を感じて目が覚めると、布団の上に下着姿の女がまたがっていて、出たな、と俺はほくそえむ。

俺は除霊のできる霊能力者だ。素性を隠したまま、格安の霊物件を借りて、密かに除霊した上で住むということを繰り返している。今回も、街でうわさのオバケアパートを借りたわけだが、案の定、引越したその夜にこれだ。まあ俺の第六感は、最初ダンボールを運び入れたとき既に霊の存在を告げていたわけだが。

俺が(なぜか)自分の近況を心の中で説明している間も、女(霊)は俺の上にまたがったまま微動だにしていない。俺は落ち着いて女を観察した。

細身だが大きな胸。ブルーの下着がなまめかしい。長い髪で顔はみづらいが、俺のこのみではある。

これはもしかすると夜這いかもしれんと、俺の第六感が告げる。そうだ、こないだテレビで見たぞ。夜這いの習慣がある国のやつ。

俺は、ザ・魔雲天が上に乗ってもひっくり返せると噂されたレスリング部時代の技術を駆使して、女(ビッチ)と俺の位置を反転させる。

状況は綺麗に逆転し、今や、布団をかぶって寝ている女の上に俺がまたがっている形になった。俺の布団はリバーシブルで、どっちも表になっているのでこういうときに便利なのだ。

女は目を開けているが無表情。俺は突然、悪い事をしているような気持ちになり、大きな声を出した。

「お前は誰だ」

「わたしは愛です」

女が即答したので、俺はうろたえた。



愛ちゃんか」

女は答えない。

「もしかして、霊か」

「はい」

最初からわかっていたことだが、俺はなぜか女の答えに落胆した。

「もしかして、夜這いにきたのか?」聞いてしまった。

「わたしはタカシとユウコの愛です」

質問に、別の答えを返されるのは、無視されてるみたいで悲しい、と俺は思った。

俺が女の答えを理解するより早く、俺のまたがる布団がむくむくと膨らんだかと思うと、女の顔が男の顔に変わった。

女(男)は、低い声で言った。

「これがタカシです。さっきのはユウコ

俺は間違えて彼女のお兄さんに夜這ってしまったような顔で固まっていた。枕元の時計を見ると午前二時。もう寝てしまいたいが、布団には女(男)が寝ている。


「つまり、あんたはそのタカシくんとユウコさんの愛そのものの幽霊ってわけだ」

「はい。そうです」

再び下着姿のユウコになった愛の霊は、背筋を伸ばし、手をひざの上に置いて、俺の前に行儀良く正座している。話を聞いてみると、礼儀正しい霊だった。霊だけにか。うるさいわ。

俺は眠気覚ましに淹れたコーヒーをすすって、愛霊の話を整理する。

「愛の幽霊ねえ……聞いたことないなあ」

「ままあることです。かつて、タカシとユウコは恋をして、やがて愛が生まれました。二人は、今の世の中で珍しいほど純情だったのです。しかし、生まれたものはいずれ死にます。タカシとユウコの愛も死に、そして、霊としてこの世に留まりました。それがわたしです」

俺が話を聞いている間、愛霊は、壊れた映写機のように、頻繁にタカシとユウコの姿に入れ替わった。愛の霊は、二人の愛の思い出の形をとるのだと、愛霊は言った。

「二人が愛を感じるとき、わたしはそこにありました。二つの物質が引力で引き合うように、ふたりの間に発生するエネルギー、またはそのエネルギーが生まれ、空間に及ぼす影響、それらの現象が愛です。愛はふたりを含む時間空間を、愛という形で記憶しています。それが再生されているのだと思います」

しかし、何で二人とも大体下着か裸なんだと聞くと「タカシとユウコは、朝も昼も夜も愛し合っていました」と愛は答えた。俺が不可解な顔をしていると、「タカシとユウコは、朝も昼も夜もまぐわっていました」と言い直した。俺は愛の生々しさに絶句した。

話を聞いて、しばらく無言で向かい合った後、愛霊が言った。

タカシとユウコはもういません。ただわたしだけが、亡霊として恥をさらしています。わたしは成仏することができるのでしょうか? あなたはわたしを滅することができるですか?」

2杯目のコーヒーを飲んで少し落ち着いた俺は、愛霊に聞いた。

「消えたいのか」

「はい」

愛霊は無表情だったが、わずかに顔を伏せてうなずいた。

「ふむ」

愛の霊が仏になるのかどうかは置いておいて、こいつは人の霊と変わりないのかもしれないと思った。霊はその場に残留した思いが場に留まっただけだ。それなら、人から生まれた愛も、霊の一種なのかもしれない。それなら、俺の分野ではある。ただ、こいつは、さらにその霊だが。

まあ、こいつが消えてしまいたいのなら、俺の目的とも一致する。

「よし、俺がなんとかしよう」

「本当ですか」

愛霊の顔がぱっと輝いた(ように見えた)。俺の好みではある。

「ただし、一つ条件がある」

俺は、除霊の間はなるべくユウコの姿をとるように要望を出した。いやらしいと思った君(だれのことだ?)は、半裸の男と、深夜に6畳一間で向かい合うことを想像して欲しい。想像以上に気持ち悪かった。だって、あいつ、乳首ピンク色なんだよ?


「さて、わたしはどうしたら成仏できるのでしょう?」

俺は腕を組んで唸った。

俺の基本的な除霊方法は、話を聞いてやるということだ。霊は単純なので、話を聞いただけで消えてしまうときもある。誰かにうらみを持っていた場合も、俺がそいつの振りをして、死んだ真似などをすると、安心して成仏したりする。

気をつけなければいけないのは、俺が見てきた霊は、形こそ人に見えても、人ではないということだ。会話できる場合もあるが、それはそいつが考えて答えたものではない。自動応答のようなものだ。

ただ霊を構成する思いというやつは、一種の指向性を持つので、それから霊の意思(存在意義)を捉えてやる。

「まず、あんたを霊たらしめてるものが何かを知らなければならない。霊の存在理由、つまり、あんたが何をしたいかってことなんだが……」

「わたしが何をしたいか、ですか」

愛霊はしばし考え込んだような間をあけてから、答えた。

「わたしはおそらく……どうして、わたしが死んだのか、を納得したいのだと思います」

「そうか」

まあ、よくある理由だ。事故殺人の結果、霊になったやつらはこういう望みを持つ。死因を説明してやればいいわけだが、こいつの場合、人ではなく愛だ。さて、愛は、いつ死ぬんだろう。

「何故、自分が死んだのかがわからないのか?」

愛霊はまた考え込んだが、すぐにこたえた。


「すっ、と相手への想いが冷めることがあります。例えばあなたが、恋人の前で『ママ料理が一番美味しいや!』と無邪気に笑ったとしたら、恋人あなたへの想いは冷めます。そして、愛は死ぬでしょう。愛はふっと冷たくなって、死ぬのです。わたしの場合もおそらくそうです。タカシとユウコ、同時に想いが冷めたのだと思います」

「例が少し気になるが、大体わかった。なぜ、タカシとユウコの想いが冷めたのかがわかればいいんだな」

「はい。わたしは愛ですが、人の感情の機微がわかりません。知識や思い出はあっても、個別の事例を判定できないのです。例えば、あなた恋人喧嘩の途中で『だって、世界で一番ママが好きなんだよ!』と叫んだとすれば、彼女無駄時間を過ごした事を悔い、こんな男の元からは一秒も早く消え去りたいと思うのかもしれません。それをわたしは知識として知りましたが、わたしにはその感情が何故起こるのかわかりません」

「わかったが、なぜ、例で俺をマザコンにする……」

あなたマザコンでもわたしには悪感情を抱くことができないのです」

「俺はマザコンじゃねえ!」

Mother Complex?」

「何かムカつくなお前……!」

自分の声の大きさに我に返った。

いかん。霊の不安定さに合わせたらだめだ。いや、もしかすると、

タカシはマザコンだったのか?」

「いいえ」

「違うのかよ!」

「これを見てください」

俺とのやり取りを無視し、愛霊は、俺の前に2冊の雑誌を開いて並べた。俺はまた悲しくなった。

俺は詳しくないが、どちらもファッション雑誌の類か。この雑誌も、愛の思い出の一つなのだろうか。便利だ。

「いえ、コンビニから盗りました」

幽霊万引きかよ! と声に出す元気がない。

なんだかどっと疲れてきた。


俺はどちらも良く知らないが、左側にあるのが男性雑誌、右側にあるのが女性雑誌のようだ。

偶然なのか何なのか、どちらの雑誌も、見開きページの中央に、「愛が死んだ瞬間ランキング2010」とポップな字で書かれている。

立ち読みしてて思ったのですが、タカシとユウコの愛が死んだ理由はここにあるのかもしれません」

幽霊立ち読みするなと思いながら疲れるので口には出さず、俺は雑誌に目を通した。


こんな女は愛せなかった

1位:鼻毛習字をする

2位:口を覆うくらい鼻毛を伸ばしまくり鼻毛をのれんのように掻き分けて舌を出し、「まだ開いてる?」と言うのが持ちギャグ

3位:鼻毛を針のようにして飛ばす


こんな男に幻滅した

1位:ハナクソを食べる

2位:ハナクソで城を作る

3位:ハナクソがウンコ


「全部、鼻の穴関連! そんで1位より2位以下の方が酷いじゃねーか! 何だよコレ」

「酷いですか」

「3位に至っては存在を疑う妖怪レベルだよ……」

「どちらも実体験に基づいた10000人のアンケートと書いてありますが」

小学生に書かせたんじゃないか……特に悪ふざけするやつに」

「参考になりませんか」

「ならない……」

俺は溜息をついた。

まあ、除霊師が、霊の提案にのるのも、おかしい話だ。簡単な方法でいこう。

「お前は、二人の思い出なんだよな。愛が死ぬ寸前の二人の様子を映し出せないか?」

「多分、できると思います」

「よし、やってくれ。俺が判定しよう」

霊は自律的に、論理立てて考えたり、行動する事が難しい。霊に語りかけ、応答する誰かが必要なのだ。

愛霊の輪郭がぼやけ、薄いもやのようになる。そして、再びもやが形をとっていき、愛霊はふたりの男女の姿に変化した。

タカシとユウコだ。


ふたりは見つめ合っている。

タカシは、畳に座り、ハナをほじって、目の前にある茶色い安土城になすりつけながら、天守閣にかぶりついている。

ユウコは、立っているが、長い鼻毛が畳みの上に置かれた半紙の上まで垂れ下がっていて、半紙には力強いタッチで鼻の途中までが書かれている。半紙は、細くて黒い針のようなもので畳みに止められていた。そこでユウコの舌が鼻毛を割って出た。「まだ開いてる?」

ふたりは、見つめあったまま、しばしの間があって、同時に言った。

「「それ、ちょっと変だね」」


愛霊が姿を元のユウコに戻したとき、俺はトイレに吐いていた。

「どうですか、わかりましたか」

「ゲェェェ……タカシとユウコ妖怪だった……夢に見そう」

「別れるちょっと前のふたりは、すこし様子が違っていたようでした」

全然違うわ! ユウコ鼻毛ボウボウだったぞ。二人の近況に何があったんだよ」

ウィッグでしょうか?」

「あれをウィッグと呼びたくねぇ……思い出すと苦いのが上がって来る……ウェェェ」

俺は、愛霊に背中をさすってもらいながら、また吐いた。

あなたの反応からすると、あれはけっこう、酷いのでしょうね」

「酷いなんてもんじゃないよ。恋人としてどうかというより、同じ人間としてどうかと思うよ」

「そうですか……二人はあんなに愛し合っていたのに……」

首を少し曲げて後ろを見ると、愛霊がトイレの壁を見つめていた。そこに二人の思い出を見るように。いや、愛霊は、ずっと二人の思い出を見ているのだろう。

俺は便器に顔を向けたまま言った。

「……人は自分と違うところは許せない、というかわからないんだ。ハナクソにかぶりついてるとか、鼻毛が地面につくとかまでいかなくても、自分と違うだけで、怖いし腹立たしいときがある。でも、他人には受け入れて欲しいと思っている。そういうサガなんだ。その矛盾を人は知っていて、ふつうに関わるときは、わかって欲しいとは言わない。拒絶されたり、拒絶するのが怖いからだ。でもな」

俺は何を言っているんだろう。

「でも、タカシとユウコは、少なくともお互いにわかろうとしたんじゃないか? 最初ステップクリアして、次のステップに上がろうとしたんじゃないか? 」

愛霊は黙って背中をさすっている。

人間なんてなあなあで生きてるし、生きられる。真面目に生きるって結構しんどいしな。でも、タカシとユウコは愛し合ったんだろ? 本気で。すげーな。ほんとか? 嘘だろ」

吐いたせいで、何だか涙が出てくる。俺は咳き込んだ。

愛霊は言った。

タカシとユウコは愛し合っていました。わたしが証拠です」

「すげーな」

「はい」

背中をさする手が離れた。俺は顔をあげて振り返る。

「……ありがとうございました。わたしが納得したかったことが何なのか、わかった気がします。タカシとユウコは、すごいことをしたのですね」

ああ、いろいろすごいことをやっていた、人外だった、とは言わなかった。

愛霊は、俺の言葉を待たずに消えた。

消えるちょっと前、愛霊のユウコの顔に、タカシの顔がダブって映った。二人とも、笑っていたように思う。


次に目が覚めたとき、朝になっていた。時計を見ると午前六時。

枕もとの携帯が鳴った。俺は携帯をとって、通話ボタンを押す。品のある優しい声が、俺の耳をくすぐる。

「うん。おはよう……無事に終わったよ。うん……大丈夫……うん……あのさ、今日仕事終わったら、そっち行っていいか? え? うん、そうだな。ご褒美ってことで……やった! だってさ、ママ料理が一番美味しいもの! うん、うん……じゃあね」

俺はマザコンではない。

ただ、世界で一番ママが好きなだけだ。




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