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2010-11-29オフサイド寸前

逆世界入りこみオイル

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逆世界入り込みオイル

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%89%E3%83%A9%E3%81%88%E3%82%82%E3%82%93%E3%81%AE%E3%81%B2%E3%81%BF%E3%81%A4%E9%81%93%E5%85%B7_(%E3%81%8D%E3%82%84-%E3%81%8D%E3%82%93)#.E9.80.86.E4.B8.96.E7.95.8C.E5.85.A5.E3.82.8A.E3.81.93.E3.81.BF.E3.82.AA.E3.82.A4.E3.83.AB



「どざエモ~ン!」

ドアを勢い良く開ける音がして、涙と鼻水で顔を汚し、めがねをかけた男の子が入ってくる。

部屋は6畳ほどの和室で、木製の勉強机と、その横にある本棚の他に家具はない。

カーテンのかかった窓が、勉強机とドアの真向かいに位置している。

部屋の中に人影はない。

男の子は、勉強机に向かうと、窓側に寄せて置いてある水槽を両手でつかみ、声をかける。

「どざエモ~ン! 助けてよ~」

「どうしたんだい、伸太くん」

くぐもった声が、水槽の中から聞こえる。

水槽は緑の藻で覆われていて、中に何が入っているかは見えない。

伸太と呼ばれた男の子は椅子に座り、水槽に向かって少し落ち着いた様子で話し始める。

「聞いてよ、どざエモン! あの親のスネかじりの七光りでいけ好かない、ほんといけ好かないやつだよ……死んだらいいのに……の常雄のヤツがしょうこりもなく無人島旅行を計画したんだけど、案の定、チズちゃんやグリーンジャイアンだけを誘って、僕は仲間はずれにしてるんだ。許せないよね。いまごろ、あいつら南の島のプライベートビーチでちゃぷちゃぷやってやがるんだよ。ああ、あいつの半分だけ垂れ下がった前髪を燃やして左右対称になるまで調整してやりたいよ。昔、ぼくがチズちゃんに悪戯したのは今は関係ないだろ! ゴタゴタ言わずに連れてけよ、クソが! 大体、ぼくが未だに夜トイレに行けないのは、あいつらが昔怖い話をしたせいじゃないか! ほんとにクソだよ。あいつらは! 世界の害悪の根源だよ!」



「なんとなく状況はわかったけど、伸太君のドス黒さのせいでぼくが何をすればいいのか全く見えてこないね。常雄の前髪を燃やせばいいの? ライターでやりなよ」

「違うって~。それは別のときにやるから。僕が欲しいのは、この世界とまったく同じだけど、誰も人がいないような世界に入り込む為の道具だよ。水面にぽたりと垂らしたらそこが、その世界の入り口になるようなひみつ道具あるだろ。それが欲しいんだよ。それで、無人島ならぬ無人のコンクリートジャングルを謳歌して、あいつらを見返してやるんだ」

「確かにぼくはそれを持っているけど、君のその具体的なイメージはどこからくるんだい……」

「ドラえもんでやってたよ」

「そんなこと言ったら世界観が揺らぐだろ。あ、ドラえもんやってるんだこの世界って思うじゃない。ぼくはてっきりドラえもんの代わりにいるんだと思ってたよ」

「そういう発言もどうかと思うけど。まあ、そんなことどうでもいいから道具出してよ~」

伸太は水槽を揺らす。

水槽の中で、藻が掻き混ぜられるのが見える。

「やめろ! おいやめろって」

「出してよ~、出してよ~。出すまでやめないぞ! その白い腹が水面に浮かぶまでやめないぞ!」

伸太は目を血走らせている。

慌ててどざエモンが叫ぶ。

「わかったよ! わかったから恐ろしい比喩をやめろ!」


伸太が水槽を揺らすのをやめると、水槽の水面に薄紅色の触覚と丸い目玉が浮かび上がる。

伸太は触覚と目玉の後ろ側の水面に手を入れて、その甲殻で包まれた背中をつかんで水から取り出し、机の上に置く。

30cmほどの甲殻類が触覚を動かしながら声を発する。

「言っとくけど、ぼくが持っているひみつ道具は全部発売前の欠陥品だからね。そもそもぼくは」

「21世紀末から22世紀の間の飛躍的な科学技術の進歩、それによって新しい技術を使った製品が毎日生まれて人々の暮らしを一変させていた時代に、産業スパイとして生み出されたエビ型ロボットだろ。数々の試作品を盗んだまま雇われ先からも逃げ出してこの時代にやってきた……って何回も聞いたから覚えちゃったよ」

「また肝心な事を間違えてる。ぼくはエビじゃなくてシャコ、シャコ型ロボットだよ」

「同じようなもんだろ」

「全然違う。全然違うよ! エビとシャコは同じ甲殻類だけど別の種なんだ! 君だって、カニ食べ放題につられて店に入ったら、大量のザリガニが盛られてたら怒るだろ?! 店主の腸を引きずり出して店内に撒き散らしたくなるだろ?」

「そんな恐ろしい気持ちにはならないよ……わかったから、手足を振り回すのやめてよ……臭い水が飛び散るから」

「全然違うのに……だから…腹立つんだ……エビ死ね……」


どざエモンはぶつぶつと何かを呟き続けているが、伸太は目線を机の高さまで下げて、苛立ちを含んだ声でさらに頼み込む。

「欠陥品でも何でも誰もいない世界ができればいいんだよ。早く出してよ。それとも、あのときのように水槽から出て、独りで機能停止するまで干からびたいの? 新しい水はいらないの?」

どざエモンは手足を振り回すのをやめて大人しくなる。

「わかったよ。わかった。やれやれ、まったく性根の腐った小学生だよ君は。道具は出すけど、そろそろ水を替えてくれよな。新鮮でカルキ臭い水に」

言い終わると、どざエモンは後ろ側の片方の足を上げて、体を震わせる。すると、尻尾の方の裏側にびっしりとついた泡のようなものの塊から、一粒の丸い泡が机の上に落ちる。

どざエモンが前足の小さなはさみを使ってその泡の端を切ると、泡はぐんぐんと大きくなって弾け、あとに10cm程の円柱形の缶が残っている。

缶は粘性のある透明な液で濡れている。

「やった! これが逆世界入り込みオイル?」

伸太はその缶を開けて中を覗き込む。

コールタールのような深い闇色の液体がのぞく。

「それをどこかの水面に垂らせばいいよ。君の言う、誰も人のいない、左右逆であとはこの世界と同じという平行世界に水面が接続される。ただし、その道具には欠陥があって……」

「ありがとう! 早速、お風呂で試してみる」

伸太は缶を持って部屋を飛び出していく。

取り残されたどざエモンが呟く。

「やれやれ、人の話は最後まで聞くもんだよ。伸太君……」


2時間ほどして、興奮した様子の伸太が部屋に入ってくる。

片手には逆世界入り込みオイルがある。

「やった! 大成功だよ! どざエモン」

伸太はどざエモンの方を一瞥もせずに勉強机の反対側の押入れを空けて押入れの中に上半身をいれる。

何かを探している様子の伸太。

伸太の半ズボンについた二つのポケットが不自然にふくらんでいる。ポケットから薄い青色の布のようなものがはみ出している。

押入れの奥から、伸太の鼻唄が聞こえる。

「どこへ行っていたんだい? そのポケットからはみ出ているものは何? ああ、また下着……もう大体想像がついたけれど、君は本当に下衆なんだなあ」

伸太は押入れに上半身をつっこんだまま、鼻唄を中断して、明るい声で聞く。

「ゲスってどういう意味だい?」

「自分に正直ってことさ」

「あったあった」

伸太が押入れから顔を出すと、手には少し大きなスポーツバッグが握られている。

「これこれ。じゃあ、いってきまーす」

伸太は満面の笑みを浮かべると、また部屋を出て行こうとする。

「待った」


「何?」

体半分、部屋の外に出した伸太が面倒くさそうに振り向く。

「その道具の欠陥を聞いてからの方がいいんじゃない?」

「後で聞くよ」

「後で、いいのかい?」

伸太は少し考えるようにどざエモンを見つめる。

「そうだね。先に聞いておこう」

伸太は勉強机にまで戻り、机の上にオイルを置いて、どざエモンを見下ろす。

伸太が机に座ると、どざエモンは話し始める。

「そう。最後まで話を聞くもんだよ。伸太君。その道具の欠陥はいくつかあるんだ。最後まで聞いてね。まず一つ目は、全ての水面が別世界に接続してしまうこと」

「え、ぼくが垂らしたお風呂だけじゃないの?」

「二つ目、接続するときに境界をまたいでいた物質は切断されること」

「ちょ、ちょっと待って」

伸太の顔が青ざめていく。

どざエモンは伸太を無視して続ける。

「三つ目。この道具には世界を元に戻す機能はないこと。以上」

「ちょっと待てって!」

伸太は立ち上がり、机の上に両手を叩きつける。


「どういうことだよ! そんなこと聞いてないよ!」

「君が聞かなかったんだよ」

伸太は荒い息をつきながら、どざエモンを見下ろしている。

どざエモンもじっと伸太を観察するように見つめている。

やがて、伸太は諦めたように溜息をついて座る。

「……ぼくがオイルを垂らしたのはお風呂だけだよ。それでも、全ての水面が別世界の入り口になるってこと?」

「そうだよ。そのオイルは別にお風呂の水と化学反応を起こして水面に鏡面世界への入り口を作ったわけじゃない。君が水面にオイルを垂らすことで、水と空気の境界が世界の境界として選択されたんだよ……もっともその道具に本来望まれていたのは、君の思うようなものだけど」

「おかしいよ。じゃあ、君のいた未来の水面は別世界の入り口に固定されてるってこと?」

「こういう道具の実験はね、大抵別の平行世界で行われるのさ。21世紀の終わりの技術革新というのは、平行世界の発見と利用の為の技術なんだよ」

伸太は黙りこむ。

伸太の表情が固くなっていく。

「……二つ目の、切断、されるってのは……つまり」

「そのままの意味で、真っ二つになるってことだよ。例えば、常雄君たちが運悪く海水浴をしていたとしたら、海に浸かっている部分と海から出ている部分が切り離される。うまくすれば足首、運が悪ければ胴体、首……」

二人が無言になると、どざエモンのはさみがたてるカチカチという音が部屋に響く。

「例外もあるよ。例えば、無人島そのもの、もっと言えば大陸は、海という水面にまたがって存在しているじゃないか。もし、それらの地層が分断されたとすれば、どうなるんだろう? 大規模な地震で人類滅亡? でも、そんなのはなかったよね。つまり水面の判定の問題なんだ。大陸やなんかは水面の周縁として認識される。実験値はどれくらいだったかな。1平方メートルくらい? さて、チズちゃんのウエストは……そんなに大きいはずないね」

伸太はパクパクと口をあけているが、声が出ていない。

「でも、切断されて直ぐに死ぬ方がましかもしれないよ。例えば、彼らがたまたま潜水していたらどうだろう。彼らはスキューバをやるとは言ってなかったかな。二つの世界は水面を境界にして接続されるから、水面上だけの世界と、水面下だけの世界が生まれるわけだ。今、水面上だけの世界にいる僕らが水面下に入れないように、水面下にいるものは水面上に上がれない。重力に逆らって水面上に上がろうと上に向かって泳いでも、水面を通過したときには今度は下に向かって泳いでいるんだ。君達人間は酸素がないと生きられないよね。どんな気分だろう。どこまで泳いでも無限に水中が続くけれど、肺やタンクの空気は有限……こういうのを絶望って言うんじゃないかい?」


伸太が震えだす。

伸太は両腕で体を抱くが、震えは止まらない。

「ぼ、ぼくはそんなつもりじゃ」

「なかったよね。でも君の意思はどうあれ、結局は君の選択が、君の友達やこの世界の他のたくさんの誰かの死を引き起こした事実は変わらない。それとも意思なき殺人は罪ではないのかな。罪と罰は人間が作り出した概念だ。ぼくにはそれを判断する機能はない。震えているね、伸太くん。自分の罪に慄いているのかい? 君のやったことはこの時代の司法で裁かれる事はない。だけど君には、君の罪と罰を認識して施行する権利がある。さあ、君の罪は何だろう。決まったら、参考までにぼくにも教えておくれよ。あと、ささいな補足をしておくと、この道具が接続する、生物がいない平行世界というのは、実は道具が発動した瞬間に生まれた平行世界なんだ。君が道具を使った瞬間に、地球上のあらゆる生命体が一度に蒸発するような何かによって生物が消えた世界が作り出されたんだ。君の選択が、別世界の地球に住む全生命を殺したことになるのかな。ほんのささいな補足だよ。未来じゃあ、当り前に行われている事さ。それも君の罪に数えられるだろうか」

「わああああ! うわああ! うわあああああああああっ!」

伸太はそのまま耳をふさいで喚く。

椅子を蹴り飛ばして、うずくまる。叫ぶ。

しばらくして、伸太は再び立ち上がると、そのまま部屋を走り出ていく。


再び静かになった部屋でどざエモンは独りごちる。

「伸太くんのような人間でも罪の意識はあるんだね。他の生物を殺して生きていくようにデザインされていながら、部分的にであれ、殺す事に抵抗を感じる。不思議な生き物だ」

どこかでガラスが割れる音がする。

硬質のものが床にぶちまけられる音がする。

どこかのドアが開けられる音がする。

「少しお灸が効きすぎたかもしれないな。本当のことを聞かないまま、飛び出してしまったから。まったく、人の話を最後まで聞かないのは問題だね。どこかで修正しないと、ろくな大人になれないよ。実際は、この道具の効果は3時間程で切れてしまう。元に戻す機能は無いけど、自然に戻ってしまうということさ。もうそろそろかな。ああ、眠い。そういえばずっと水から出たままだ。低消費エネルギーモードに切り替わって2時間くらいか。いけない。そろそろスリープモードが起動して、し、ま」

どざエモンの動きが止まる。


遠くで伸太の声がする。

「ぼくは向こうの世界に行くよ! そこで独りで暮らす。それが僕の罰だ! さようなら、どざエモン!」

静寂。

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