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2012-03-28生涯致死

さらば愛しき鳩サブレ―

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人力検索かきつばた杯】「さらば愛しき※※」

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鎌倉生まれ鎌倉育ちのおじいちゃんは、後から身につけた関西弁でわたしによくその話をしてくれた。

弱気を助け、弱気をくじく、鳩サブレー騎士の話を。


おじいちゃんがまだ20になる前、鎌倉菓子職人を目指して修行していた頃に、おじいちゃんは恋をした。相手は資産家のお嬢様金も腕も持たない未熟なおじいちゃんにとって、お嬢様は高嶺すぎる花だった。


「その夜、雨が降る中おれは傘もささずに歩いとった。芙沙子が許婚結婚すると聞いた夜や。芙沙子の親父さんはおれに言った。『お前に芙沙子を幸せにできるのか?』ありふれた言葉やな。でも、おれは何も言えんかったよ」


「目の前が真っ暗になるってのはほんまにあることなんや。何も見えへん真っ黒な泥の中を歩いとるような気持ち。見えへんというか見てへんのやろうな。そのときのおれは、まさにそれで、前の見えてないおれは、何かに鼻先をしたたかにぶつけた。そうしてようやっと前を見ると、そこに鳩サブレー騎士がいた」




おじいちゃんがぶつかったのは、鳩サブレー騎士が乗っていたサ~ブレッド(おじいちゃんは、~のところを「ラ」と「ア」の中間くらいで発音した)の側面だった。サ~ブレッドは、小さい子供が遊ぶ木馬を大きくしたようなもので、ただし形は馬ではなくデフォルメした鳥の形、まんま鳩サブレーの形をしている。

それに跨っているのは、ガチガチ西洋の甲冑を着ていわゆる騎士しか形容できない何かだった。顔は兜で見えない。


「理由を聞こう!」

よく通る声で鳩サブレー騎士は言った。

おじいちゃんは虚無感で感情が冷えていたからすぐに問い返すことができた。

「何の話だ?」

「お前が下を向く理由だ! 若者よ!」

鳩サブレー騎士の声は良く響き、張りがあった。

おじいちゃんは反射的に怒りを覚えた。おじいちゃんの心の奥底に溜め込まれていた何かが出口を見つけて解き放たれて、おじいちゃんの枯れていた感情燃え上がらせるようだった。おれが人生で一番へこんでいるときに、なんでこんな変態がおれに話しかけてくるのか。しかも何でこの変態はこんなえらそうなんだ。変態なのに!

目の前真っ暗状態の副作用だ。おじいちゃんは人を殺しそうな声音で言った。


「何でお前に言う必要がある……って問答するのも面倒だな。いいか、おれが下を向くのは、好きな女ひとりを幸せにできないからだ。そいつ許婚は金を持ってて、そいつ幸せにできる。しかし、おれは金も実力もない職人見習い。おれの幸せあいつは必要だが、あいつの幸せにおれは邪魔なんだ。少なくとも、今のおれではな。ほんと嫌になるほど、よくある話だ。これでいいか? なら、失せろ!」

「うむ。了解した! 乗れ!」


そして騎士が伸ばした腕は思いのほか太く、そんなに小柄でもなかった若きおじいちゃんをぐいと引き寄せるとサ~ブレッドの後ろに無理やり乗せた。

「な、何しやがる!」

花嫁を迎えに行く! つかまっていろ!」

そして、サ~ブレッドは飛び上がった。鎌倉の街が一瞬で小さくなる。

おじいちゃんの勤めている菓子屋が豆粒みたいに小さくて見えた。その小さな菓子屋の小さな厨房自分があくせく働いていて叱られてへこんだり、喜んだりしていることを思うと、おじいちゃんは状況を忘れて、何だか愉快な気持ちになった。


サ~ブレッドは空中を旋回しながら方向を決めると、一気に空を駆け下りていった。その先には、大きな屋敷がある。おじいちゃんは叫んだ。

「やめろ!」

「何故だ」

あいつはそこで幸せになるんだ。それを邪魔する必要はねえ」

「何故だ!」

「何故? おれはあいつを幸せになって欲しいんだ!」

「なら、お前が幸せにしろ! 大馬鹿者め!」

サ~ブレッドが加速した。空気の壁のようなものに一瞬おじいちゃんは弾かれそうになったが何とか鳩サブレー騎士にしがみついた。

若者よ、勇気を!」

鳩サブレー騎士は高らかに叫んだ。


それから?」

「サ~ブレッド屋敷中庭下りた。おれはそのまま芙沙子の部屋に行って、芙沙子を連れて逃げた。そしたら、あそこには住み込み人間もたくさんおったから、そいつらがみんな追いかけてきてな。あれや、時代劇とかそんな感じやな。そいつら、かわしながら走って逃げた」

鳩サブレー騎士は?」

「さあ……途中ではぐれてもたが、たぶん追っ手を止めてくれてたんちゃうかなあ」

「かっこいいなあ」

サムライよ。あいつは」


そうして、鎌倉を出たおじいちゃんは芙沙子さん(おばあちゃん)と一緒に大阪に出て、そこでもう一度菓子職人修行をして一人前になり自分の店を持って子供が生まれ、それがお父さんで、お父さんが大きくなって電気メーカー就職して、その長女として私が生まれたころにおじいちゃんは自分の店を閉めた。

人生は単純やない。運もあるしな。実際、一番苦労したのはそのあとやった。でもな、おれのは、悔いのない人生やった。それは全部、鳩サブレー騎士のおかげや」

「何で、鳩サブレーなんやろね」

その疑問には、おじいちゃんが亡くなってから、おばあちゃんが答えてくれた。


「おじいちゃんは鎌倉豊島堂、鳩サブレーのお店で修行してたんよ。おじいちゃんもわたしもあのお菓子が大好きで、それが縁で知り合ったんやもの

そこで、おばあちゃんはくすくすひとり笑い出して、

鎌倉を出るとき、あの人が汽車の窓を見ながら泣いてたんや。住んでいた街を突然離れるんよ。寂しいし怖いわなあ。そう思って、わたしも一緒に泣いた。そしたら、あの人、汽車が出るときにまじめな顔で言ったんよ。『さらば、愛しき鳩サブレー』って。え、そこ? そこなん? って。もう可笑しくって。さっきまで泣いてたのに、もう笑ってしもうてね」

それを聞いてわたしも笑う。おじいちゃんおもろいな。

そう言って、おばあちゃんは微笑んで、こうしめた。

それからもずっと、わたしは笑いっぱなしの人生やったわ」

おじいちゃん、おばあちゃんも悔いはなさそうよ。


と、そんなことを久しぶりに思い出していた。実家に続く道、わたしの前にはたくさんの人。

幼馴染の崇がいる。腐れ縁京子詩織、高峯先輩に、井野倉さんもいる。先生料理長師匠、そしてやっぱり家族。お父さんお母さん、美雪に聡史。なんとおばあちゃんの横にはおじいちゃんもいる。シロもちゃんといる。さらに、その後ろにも人がずらーっと並んでいる。

彼らは西洋甲冑を着て、サ~ブレッドに乗っている。

わたしにとっての鳩サブレ―の騎士。考えたこともなくはなかったけど、すぐにやめたんだった。心当たりがありすぎるからだ。

この人たちがわたしの大事もの。そしてこれから……。

今更だけど、おじいちゃん、鳩サブレ―だけなんて、面白すぎる。


「薫! 答えい!」

おじいちゃんの声。じじい、ちょっと調子に乗ってるな。

わたしはおおきく息を吸って吐き、彼らに向かって叫ぶ。

「わたし、フランス行きます! 料理が好きだから! ほんとに一人前になったら帰ってくるよ! だから、それまで……」

『応!』

騎士たちのユニゾン。わたしの身体は本当にびりびりと揺れる。そして、それはわたしの中からも響いていることを知る。

toujin1985toujin19852012/04/11 06:29うんうん、うんうん。

sasuke8sasuke82012/04/14 16:45うん。

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