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2012-10-17すべてはひとつのために

力士的瞬間

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大災厄は人間世界を三度滅ぼして、人間と言う種をほぼ根絶してしまった。滅びた古き種を苗床として、新しい人間が生まれた。そんな世界


そこはローマのコロッセウムに似て非なるつくりの建築物だった。中央に円形の闘技場があり、闘技場を底としてすり鉢上に客席が配置されている。客席の座る段は広く作られており、縦に2、3名が座れるほどの平面になっている。そこにはい草を編んだ堅い敷物がしかれ、人々はその上に柔らかな生地に綿の入った四角いクッションを介して座っている。

緊張を孕んだ小さなざわめきが建物全体を包んでいた。

闘技場の正面、天井近くには大きなスクリーンが設置され、そこには白い壁の部屋が映し出されている。その部屋の中央にあるベッドには頭や身体にチューブや電極を取り付けられた老人が眠っている。


現在、生存する『旧人類』は数えるほどしかいない。そして彼らは既に、彼らの意思によって行動するだけの生命力を持っていない。彼らは、肉体に残る記憶イメージ)を、新人類に伝える為だけに生きているのだ。旧文明破壊しつくされ消失してしまった中で、旧人類が新人類に伝達できるものは、もはや、かつて魂と呼ばれたものしかない。


スクリーンの老人が薄く目を開けた。老人の後ろにある機械が、老人の生命反応の変化を敏感に察知して音で知らせる。

客席の人間達がどよめく。

しかし老人が目を開けていたのは、ほんの数秒であった。老人は再び目を瞑り、老人に取り付けられている機械も元のように穏やかな音を発し始める。

その間に、闘技場にひとりの男が入場した。男は、全裸に近い格好で、腰に巻いた布により局部のみを隠している。男の胴回りは牛ほどもある。巨漢であった。


かつて「スモウ」と呼ばれる格闘技があり、「力士」と呼ばれる闘士がその優劣を競い合ったという。

10年前、偶然一人の老人のイメージから抽出されたそれは、世界中の人々に衝撃を与えた。その人間の数は約13万人。

肉体記憶さらにその奥底にある魂のDNAともいうべきもの新人類意識的にアクセスできない記憶野は、外部から記憶の刺激により励起され、記憶の再生成を行う。


男は円形の闘技場の中心に立った。

客席の人間達は、今やスクリーンではなく、闘技場の一人の男に注目している。

会場は静まり返り、スクリーン上の機械の小さなブザー音だけが一定リズムで鳴っていた。


魂の記憶に苛まれた人々は、熱狂の中、新しい記憶を求めるようになる。

その源泉は、最初記憶を生み出した老人、今や意識が戻るのは一年に一度か二度という最後力士の老人だけなのである。老人が、その瞬きの中で思い起こす曖昧で雑多なイメージから「スモウ」に関するイメージだけを抽出し、適正審査により選ばれた人間の脳にイメージを注入する。

注入された人間はそのイメージに身体を委ね、「力士」として行動する。


男は目を瞑ると、右足を一歩前に出し、同時に右手を手のひらを前にして突き出しながら言った。


どすこい


直後、われんばかりの歓声が会場を包んだ。スクリーンには会場にこれなかった世界中の「スモウ」源記憶保持者達の姿が映し出されている。

今まで沈黙していたアナウンサーが叫ぶ。

力士的瞬間です!! 十数年の空白を経て、今! 再び、我々の歴史に燦然と輝く1ページが刻まれました!! 世界中の歓声が私の脳裏に聞こえていますアナウンサー領分を超えることを承知の上で言わせていただきますが、今、我々の失った記憶が、電撃のように、肉体の最奥にあるはずの魂の座よりほどばしる音が確かに聞こえました! 今、私の魂のDNAに刻まれた力士記憶が、脳裏にまざまざと浮かび上がっております! この力士的瞬間を、世界中の皆様と共有できることは、この上ない喜びであります!」


と、まあ、ひとつの駄洒落を言いたいがために、この有り様だ。

これをもっと効率的にするような科学技術はまだないし、文学は、駄洒落を言わない。

よって僕たちは粛々とテキストを放り投げるのみだ。

MondeskindMondeskind2012/10/18 13:12ダジャレには勿体無いですね!

sasuke8sasuke82012/10/18 19:00まだ足りない気がしますね。
本当は映画とかにしたいところですが、コストがかかりすぎてしまう上に、したところで何もメリットがないという……。

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