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石麻二芯の文章読本 このページをアンテナに追加

2012-04-13

東京の蚊取り線香(仮)その1

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品川に降り立ち、とうとう俺は東京に来たのだ、とひとりごちてみた。

階段を上がると人がまるで絨毯のようであった。

いや、理科の時間にビデオで見た、消化管の蠕動や小腸の柔毛の方ふさわしいかもしれない、それがうごめく様は。

そんな街にのこのこ乗り込んでしまった。人の波と、それとどこまでも異質な自分を感じて、なんとなく運命という単語が浮かぶ。


しかしいくら運命とは言え、どちらが内回りでどちらが外回りか、そもそもどちらが目的地に続いているのか、それすら僕には見当がつかず、駅員に尋ねる。

間もなく滑りこんできた電車に乗り込み、ぎゅうぎゅうに押されながらメールを打つ。

停車駅を知らせるアナウンス。初めての土地だというのに聞いた事がある駅名ばかりで不思議な気分だ。

停車する度に外に押し出されてしまわないようにグッと身を固くする。

新宿で再び乗り換えだ。

ホームで辺りを見回せば自分の大きくて大げさなリュックが場違いで恥ずかしくなる。

「走りだせ」と頭の中で歌の一節を呟いた瞬間、ドアが閉まった。

中央線がゴンと音を鳴らして走りだす。そしてまたメールを打つ。


彼女は吉祥寺で働いていると言っていた。

漫画でしか見た事が無かったその街を、開いたドアから見た。夕焼けに染まっていた。そこへまたドカドカと乗客がやってきて、扉が音を立てる。ほんの一瞬の事で、その街が彼女にふさわしいのかそうでないのか、僕にはよく分からない。

返信が届く。「おつかれー!南口で待ってるよ」。

周りの同乗者に顔を見られないように身を捩ろうとすると、リュックが当たって迷惑がられた。


「ひさしぶり!」

国立駅の改札を出た所。僕を見つけた杏は、まるで授業中のように勢い良く右手をあげ、そのままおいでおいでをした。薄い花がらの半袖シャツにパステルカラーのスカート。ティアードスカートとか言ったっけ? 正直かわいいと思う。くわえて足元は素足に、便所サンダルみたいなつっかけ。でもそれすらかわいいと思ってしまうのだから、何と言うか、しょうがない。

「かばんおっきくない?」

「いや、他にいいのなくて」

「ほんとに鈍行で来たの?」

「だからそうだって」

「つかれたでしょ?」

「つかれたー」

「よしよし」

杏が僕の頭に手を伸ばしてきた。まだ帰宅ラッシュでも無いだろうに、それなりに人通りが多い駅の真ん前でそうされるのは相当な気恥ずかしさだったが、されるがままに。

「よく来たね」

「まあ、夏休みだからさ」

「ほんとに来るって思ってなかったから、ちょっとうれしいな」

杏は僕より頭一つ分背が低いのだが、時折こうやって僕の頭を胸の中に抱えるようにする。

「今、ちょっとって言った?」

「言った言った。あはは」

パッと手を離した杏の顔を見ると、満面の笑みで、それを見てしまうと、僕は何も言えなくなる。

「あ、カメラ持ってきたよね」

「え、ああ、うん」

リュックを下ろし、取り出す。

「あー、だからやめなよね、そのまま突っ込むの」

「いや、大丈夫だって、頑丈だし」

僕の手からカメラを奪うと、ストラップをかけ、慣れた手つきで設定を確認し、レンズキャップを外し、

「お、フィルター」

「うん」

「逆光だからいらないね」

と言いつつPLフィルターを無造作にシャツの胸ポケットに突っ込んで、構える。

「お前、俺にはあんな事言って」

「いいからいいから。笑って」

パシャパシャと二連写。

「うーむ、よしよし。やっぱり逆光は勝利だよね」

「頭上の余白は敵だ」

「トライXで万全」

デジイチだけどね」

「味気ないなぁ。はは。行こっ!」

そのまま杏に手を引かれ、西日の差す街を歩きだす。

「ここの駅舎、改装したばっかりなんだ」

「へー」

「前のは写真でしか見た事無いけど、前の方が好きだし、なんなら工事中の方がまだかっこよかったなあ」

「ふーん」

「あ、ほら、あそこ」

「ん?」

「一ヶ月だけここでバイトした」

「ああ。牛丼作ってた?」

「作ってた作ってた。すぐ飽きた。あはは」

5ヶ月ぶりに会った杏は、相変わらずよく笑った。

二人の生活のリズムがあわず、最初はメールをするだけだった。それから約束した上で電話をかけるようになり、一度、両者とも携帯料金で破産しかけ、またメールのやり取りに戻り、スカイプなるものを知り、以来スマートフォンにそういったアプリを入れ、時には3時間、4時間話す事もあった。

「ここの喫茶店、最近お気になんだ。はい、そこ立って」

「え、また?」

「いいからいいから」

杏が笑いながらシャッターを切る。

ファインダーを覗いている時、どんな人間でも間抜けな顔になるというのが僕の持論だ。だけど僕は、杏が笑いながらそうしている時の顔が、間抜けどころかとても美しいと思う。たまらなく愛しいと思う。


大学の入学式の後、写真部のボックスに見学に行った時、杏は一人で留守番をしていた。

『お、もしかしてキミ、入部希望者?』

ボックス棟は木造で、杏が立ち上がった時も、床は派手に軋んだ。

『はじめまして、3回生二日市杏です。あん、じゃなくて、あんずね。』

右手を差し出され、少しためらったが握り返した。

開けっ放しの窓から、風に乗って桜の花びらが入ってきた。

入学初日に訪れるとは思わなかったが、まごうことなき一目惚れであった。

入居したてのアパートに帰って一人で悶絶した。姉に電話をかけたが繋がらなかった。(今になって思えばそれは幸運だ。いきなり弟から一目惚れしたと言われて、どうしろと言うのだ。)

翌日、入部の意思を伝えにボックスに行った。よろしく後輩、と杏は笑った。二週間ほどして、杏が本当は1回生であると知った。

大学デビューしようと思って、ついつい。あはは』

杏の愉快犯的な虚言はこれ以降も枚挙に暇がない。時にサークル全体を巻き込んだ大掛かりな、そして意味不明なものもあった。たとえば実は苗字も廿日市なのだ。これにはサークル全員が騙されていた。騙すと言っても何らの実害も無いのだが、まあとにかく、僕がその事を知るのは5月の連休明けの事だ。そしてその事を知った頃、杏は4回生の「先輩」と付き合い始めていた。そして僕も夏前に1回生の子と付き合う事になった。


「似たような三叉路がいくつかあるんだけど、駅から真っ直ぐ歩いて、ふたつめだから、間違えないように」

「おっけー。っていうか、駅からちょっと離れただけで随分静かだな」

「そうだね、隣の街が結構わいわいしてるけど、こっちは閑静な住宅街って感じかな。おっ!」

そう言って今度は走っていく小学生くらいの姉妹を、

「激写してやりましたよ、ええ」

早速今の写真を確認している。

「見て見て、思いの外いい感じ」

僕も一緒にディスプレイを覗く。

「うわ、気付かなかった。笑い返してくれてるじゃん」

「まあねー。子どもだって私の人柄が分かるんだよ。ついついあどけなく微笑み返ししちゃうってもんだよ。お姉ちゃんは6年生ぐらいかなー、かわいいなあ」

「お前さ、子どもの写真撮って道端でニヤニヤしてたら不審者だって通報されるぜ」

「願ったり叶ったり」

「願ってもないし、叶ってもいないだろ、それ。なんだよ、逮捕されたいのか」

「まあそれもいいかもね」

「最近は子どもを守ろうってあれが強いからな、最悪死刑もありうるな」

「それはそれでありがたかったりしてね」

「はは、そんなアホな」

笑いながら横の杏の顔を見た時、えっ、と。

杏は、唇を噛み締めていた。

強く、という感じではない。だけど、それはあまりにも杏にそぐわない顔だった。

と、目が合う。

「ん? どうした、少年、そんな顔して」

「え、あ、いや」

そんな顔って、お前の方こそ、

「行こっか」

僕が言う前に、何事も無かったかのように、杏は歩き出した。

「あ、うん」

えっと、何だろう。

「あ、そうだ!」

「え?」

「うちまで競争しよう!」

「いや、それ出来レースだろ!」

「あはは! 負けた方は裸踊りね!」


杏の家は木造モルタルのアパートの2階で、玄関から上がって階段を昇る。廊下はかなり薄暗く正直不気味ですらあった。しかし部屋自体は杏の以前の部屋と広さもさほど変わらず、しかも物の配置までほとんど一緒だったので、初めて来た気がしなかった。

「いいでしょ。っていうか、代わり映えしないでしょ。あはは。特に意識してなかったんだけど、同じ感じになっちゃってさあ」

あっけっぱなしの窓からは昏れかかった日を見て名残惜しくなっているのか、少し寂しげに蝉の声。

机の上の蚊取り線香の煙が、ゆっくりとたゆたいながら窓の外へ吸い込まれて行く。

杏は冷蔵庫から発泡酒をふたつ取り出し、

「まあ荷物を下ろしてこっちに来たまえ」

と窓際の棚に腰を下ろした。これも前の部屋からの付き合いだ。古物市で買ったかなりしっかりした作りの一品で、本来の用途とは違うのだろうが、窓際の椅子替わりとして杏は重宝していた。僕も向かい合うようにしてそこに腰掛け、発泡酒を受け取る。プシュッと同時に音がして、顔を見あって少し笑う。

「じゃあ、約10時間の長旅、お疲れ様でした! カンパーイ!」

ググッと半分ほど飲み干す。思わずプハーッと声が漏れる。そのタイミングまで同時になってしまい、また笑う。

「私たち、やっぱりお似合いなんじゃないかな!?」

くくっとお腹を押さえつつ、杏が言う。

「まあ、俺もそう思うよ」

「だよね? あー、やっぱり来てくれてうれしいなあ」

「うれしいって言っても、ちょっとなんだろ?」

「ううん、すごく」

たまらなくなって、出し抜けにキスしてしまった。

あ、という吐息を聞いて、もう一度唇を重ねる。もう一度。もう一度。もう一度…

コトッと音がして、杏の両手が僕の頭に伸びてきた。そのまま胸に引き寄せられる。杏が優しく僕を撫でる。

「杏」

「…ん?」

「したい」

「…何を?」

「セックス」

「うわ、単刀直入」

「じゃあ、まぐわいたい」

「いや、それ単刀直入具合変わってないよ!?」

「…石鹸のいい匂いする」

「え、あ、うん」

「シャワー浴びたの?」

「え、そうだけど」

「俺に会うから?」

「そりゃ、え、でも、そうだけど、シャワーなんていつでも浴びるじゃん、普通じゃん」

「でもこの匂い具合は迎えに来る直前に浴びたと睨んだ」

「そうだけどさ、ちょっともうやだ、変態っぽい」

「よいしょ」

杏の手をほどき、そのまま抱きかかえて持ち上げる。

「わ、ちょっとちょっと!」

不意打ちのお姫様抱っこに杏は慌てるが、側の布団にすぐさま下ろす。

「…なんか、強引」

「ごめん」

「いや、いいんだけどね」

顔を真っ赤にしている。それを見て、またたまらなくなる。キスをする。何度も。

杏の胸元に手を伸ばし、と、違和感。

「ん?」

「え?」

「あ、フィルター、入れっぱなしだ」

「あ、ほんとだ。ごめん」

「少し会わないうちにおっぱい固くなったかと思った」

「ひどい! めっちゃやらかいですから!」

「ほう」

と言いつつ杏の胸ポケットからフィルターを取り出し、枕元に置く。

「今、取り出す時、ピクッってなったね」

「ちょ、もう! 全体的におじさんくさいよ!?」


たしかに杏は、相変わらずとてもやわらかだった。そして信じられないほど甘い。漏れる声に脳みそは痺れたまま平静には戻れない。名前を呼ばれる度に、心臓が早鐘を打つ。きつく抱きしめられた時に、これほど幸福に満たされるような相手が、僕にふたりと現れる気がしない。僕も幾度と無く杏の名前を呼んだ。そして抱きしめ返した。僕の呼びかけに応える杏が自分の腕に抱かれている事を、確かに腕の中に杏がいる事を、もしかすると今までで一番幸せに感じたかもしれない。そしてそれはつまり、今までの人生で一番幸せだったという事だ。

−−

この小説には然るべき結末が用意されており、完成した暁には

『【上昇賞】女の子がエスカレーターをのぼっていくところで終わるオリジナルの小説・漫画を募集します。』

http://www.tokyo-esca.com/blog/archives/2012/04/11210000.html

に投稿されます。

PedroPedro 2012/05/01 16:01 IJWTS wow! Why can't I think of thngis like that?

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