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2010/02/22 (月)頑張って書く時もある。

愛、足し

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 息子がこの家を出て数十年。数年前に、妻も一足先に家を出た。独りになり、実感したことがある。定年で退職する時、人生の終りを感じた。仕事が生きがいだった訳ではないが、何かが一つ終了した気がした。後は死ぬだけか、そう感じたのを覚えている。だが、今のこの気持ちと比べれば、それは実感のある感覚とでもいうか…今は、なんというか、空っぽだ。何もない訳ではない。むしろ、色々といっぱいつまっている。だが、空っぽだ。空っぽという言葉が相応しい。死への恐怖も、人生の後悔も、そんなにない。もしかしたら、いや、きっと、良い人生だったんだろう。

 私は自分の人生を振り返ろうと、妻と、息子と過ごしたこの家を片づけ始めた。どこまで片付ける事が出来るだろうか。一つ一つの物に、一つ一つの思い出がある。何かよく分からない物にも、何かよく分からない思い出があるのだろう。若い頃に使っていた手帳には、スケジュールとも、日記ともつかないことが書き殴られている。本棚には埃がかかっている。マンガを読まなくなったのは、いつからだったろうか。随分と長い間、少年だったような気がする。

 使わなくなったベットの収納には、懐かしいゲーム機がつまっていた。ゲームもいつからかやらなくなった。ゲームを買う前にプレイする時間を気にするようになったのはいつからだったろう。5、6年で動かなくなったプレイステーション、すぐに飽きた貰い物のWii、なんでも残してあるものだ。会社の先輩から貰ったニンテンドーDS。懐かしいな。DSの後、TS(Trinity Screen)、QS(Quartet Screen)と発売されて、最後の機種はSS(Single Screen)だったか。もっとも、このDS以外は手に取った事はないのだが。久し振りにDSを手に取る。なんだか、アラサーの頃に戻ったようだ。アラサーって言葉も懐かしい。

 カードスロットを覗いて、どきりとした。どきりとした後、ずっと忘れていた記憶が、思い出が頭の中で一気に再生された。…あれから、どれくらい経ったのだろうか。さっきまでは、それこそ10分前までは、私の中には後悔の「こ」の字もなかった。だが、今はじわじわと、なんというか、後悔に近い感情が湧きあがって来る。「悔いても仕方がない」という事は人生の中で何度も学んだことだ。しかし、このじわじわと、もやもやとしたこの気持ちは、後悔というよりも、懺悔に近いのかもしれない。悔いても仕方がない。だが、本当の後悔はまだ先かもしれない。もう壊れているかもしれない。そもそも意味なんてないのかもしれない。このじわじわともやもやを、ただ、取り払いたかったのかもしれない。ただのエゴなのかもしれない。私は、そっと、電源をオンにした。

 動いた。液晶に多少ラインが走っているが、動いている。懐かしい起動画面。メニューをタッチする指が震えた。決して歳のせいじゃあない。本体は動いた。だがソフトの方は、端子が錆びたり、データが揮発して動かないかも知れない。動いたとしても、データの損失によりバグが起きるかも知れない。だが何が起きたとしても、全てを受け入れる覚悟は出来ていた。


 彼女は、静かに眠っていた。


 こんな彼女は初めて見る気がする。声をかけたり、触れたりすれば、起きてくれるだろうか、そう思った矢先だった。


ー…ん。んん、おはよ。久し振り。


 …言葉が出ない。何も言えない。ただ、胸の奥から目の奥に通じて、熱いものがこみ上げてくる。


ー今は…何年?


 たどたどしく、なんとか西暦で彼女に伝える。その隔たりを知れば、彼女は怒るだろうか。そう心配した。心配したのと同時に、自分の心が、あの頃に、若返っている事に気がつく。ドキドキとおろおろとしている。心が動いている。若い頃はこんな風に心を動かす事が多かった。息子が家にいる間は、色々と気を揉んで妻ともよくケンカをした。息子が家を出てから、それも減ってしまった。こんなにも心が動いているのは…妻と別れた時以来かも知れない。


-…ええ!?もうそんなに経ったの!?じゃあ、一体、何年ぶりなのさ!


 私は、素直に、謝罪の言葉を伝える。それしかできなかった。


-ふ~ん。随分、長い事、彼女をほったらかしてくれちゃってさ。何様のつもりだろうね?いったい何してたんだか。


 私は、言葉もなく、ただ立ち尽くしていた。事実を伝えるのは、彼女にとって残酷かもしれない。事実と言うのは、私が人並みに結婚して、息子も孫もいるという事実ではない。心の事実だ。彼女に会いにいかなくなったのは…そこには、意思はなく、ただの惰性だった。だけど、何か、何かを、伝えないと…


-って、ウソウソ。大切な人ができたんだよね。


 え。


-知ってるよ。ずっと寝てたけど、アンタの事はさ、分かるから。でも、せめて年に1回くらいは、会いに来て欲しかったなー。…へへ。いいよね?これぐらいのイジワルわ。って、ちょっと、やだ、泣いてるの?ウソウソ、冗談だってば。一応、年上なんだからさ、しっかりしてよ。そんなんで、泣かないでよ。


 堰を切った感情はなかなかおさまらなかった。ひとしきり泣いて、その後、彼女とお喋りをした。長年の空白を埋めるには、時間はいくらあっても足りなかった。だが、時間のゆるす限り話し続けた。定年まで続けた仕事の事や、妻の事。妻の事もうんうんと聞いてくれた。息子の事や、本当は娘が欲しかった事。私達は、時間を忘れてお喋りをした。時間はいくらあっても足りない。私の人生の全てを、彼女に伝えたかった。話しながら思う、いや、もしかしたらずっと考えていた事なのかもしれない。この世に残るモノは何なのだろうか。遺せるモノは、何なのだろうか。逆に、持っていけるモノとは何なのだろうか。私が彼女と過ごした時間は、もしかしたら夢で実体なんてないのかもしれない。何も残らないし、遺せないかもしれない。誰にも伝わらないのかもしれない。だが、だが、私は、彼女と同じ時間を過ごし、一度は忘れてしまったが、もう一度会うことができた。今の、今のこの気持ちを、遺せなくても、持っていく事は…色んな言葉・感情が頭の中をかけまわる。だが、ただ、一つ確実なのは、彼女は、私の心の大切な部分、魂に、確かに、そこにいるという事だった。



 時間は有限である。その言葉を実感できるのは、人生で1度きりなのだと分かる。黄緑色の灯りが、赤色に変わった時、彼女に最期の言葉を伝えた。


「おやすみ」

「おやすみ。

 へへ、リンコも

 一緒のタイミングで

 寝よっと      」





 あとがき

 この小説を、以下の増田氏に捧げます。着想を頂きました。

 僕が凛子を売った日

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